✍ 古家あきら | 2026-09-27 更新

与信限度額は誰がどう決める? — 相手の決算が見えない中小企業の現実的な決め方(売上高が無料で分かる会社は434万社中0.09%)

与信限度額は、「その取引に必要な額」「相手の支払い体力から見た上限」「自社が回収できなくても耐えられる額」の3本の線を引き、いちばん低い線に合わせて決めるのが基本です。決めるのは営業担当ひとりではなく、営業が申請し、経理・管理部門が確認し、金額に応じた決裁者が承認する、という社内の流れにしておくのが一般的です。

ただ、中小企業どうしの取引では、2本目の「相手の体力」の線がほとんど引けません。しょくばログという会社データベースを運営していると、どの会社のどの項目が埋まっているかを毎日見ることになります。活動中の株式会社・有限会社・合同会社 4,351,804社 を数えると、売上高が無料の公開データで分かる会社は3,868社(0.09%)、決算公告の掲載が確認できる会社は11,680社(0.27%) でした。相手の決算を見て限度額を決める、という教科書どおりの手順は、大半の取引先で使えないということです。

そこでこの記事では、相手の数字が見えない前提で、「必要額」と「自社の耐久力」の2本を軸に小さく始め、入金の実績で段階的に引き上げるやり方を整理します。なお、与信の判断は取引の中身や自社の財務で変わります。ここで紹介するのは一般的な考え方で、最終的な判断は各社の責任で行ってください。

与信限度額とは — 「売掛金の上限」ではなく「未回収の合計の上限」

与信限度額は、ある取引先に対してまだ回収していないお金の合計を、いくらまで許すかという社内の上限です。月の売上の上限ではありません。

未回収の合計には、次のようなものが入ります。

ここを「月の請求額」だけで見ていると、締め日と支払日の間に積み上がる分を見落とします。限度額を決める前に、まず自社の取引条件で未回収がどこまで膨らむかを把握しておく必要があります。

誰が決めるか — 申請・確認・承認を分ける

与信限度額を「誰が決めるか」は、法律で決まっているものではなく、各社の社内規程で決めるものです。よくある形は次のとおりです。

ポイントは、取引を取りたい立場の人だけで決めないことです。営業担当は受注したいので、どうしても甘く見積もりがちです。少人数の会社で申請も承認も社長ひとり、という場合でも、「必要額はいくらか」「回収できなかったら自社はどうなるか」を紙に書いてから決めるだけで、判断はかなり落ち着きます。

決裁の金額帯(いくらから役員承認にするか)は、自社の売上規模や資金繰りで変わるので、一律の正解はありません。自社の月の利益や手元資金を基準に、自分たちで線を決めておきます。

決め方は「3本の線のうち、いちばん低い線」

線1:取引に必要な額(取引条件から計算する)

最初に引くのは、その取引を普通に回すと、未回収がどこまで膨らむかという線です。これは相手の決算が見えなくても、自社の取引条件だけで計算できます。

考え方は、月の取引額 ×(納品してから入金されるまでの最長の月数)です。

例として、毎月100万円を月の中で均等に納品し、「月末締め・翌月末払い」の条件で取引する場合を考えます。翌月末の入金日の直前には、前月分の100万円(請求済み・入金待ち)と、当月分の100万円(納品済み・締め前)が同時に残っています。つまり未回収のピークは約200万円です。

この条件のまま限度額を100万円にすると、取引の途中で必ず限度を超えます。逆に限度額を1,000万円にしても、この取引では使いません。必要額より大きい限度額は意味がなく、必要額より小さい限度額は取引条件と矛盾する、ということです。

支払いまでの期間が長い条件(翌々月払い、手形払いなど)ほど必要額は大きくなります。なお、2026年1月1日から下請法が「中小受託取引適正化法(取適法)」に改められ、対象となる取引では、物品等を受領した日から起算して60日以内のできる限り短い期間内で支払期日を定めることが求められ、手形払も認められなくなりました(公正取引委員会・中小企業庁の資料)。自社が受注側で、取適法の対象となる取引であれば、支払サイトが長すぎないかという点も、あわせて確認しておくとよいでしょう。

線2:相手の支払い体力から見た上限

2本目は、相手がその額を払い切れるかという線です。決算書が手に入るなら、純資産、年商、手元資金、借入の状況を見て、「年商の何分の1まで」「純資産の何%まで」といった社内基準を当てはめます。この割合は業種や自社の方針で違い、公的な基準はありません。

問題は、中小企業の取引先では、この線を引くための数字がほとんど手に入らないことです。次の章で実際の数字を見ます。

線3:自社が回収できなくても耐えられる額

3本目は、全額が回収できなくなっても、自社が資金繰りで倒れない額です。見落とされがちですが、中小企業どうしの取引では、実はこの線がいちばん大事です。

目安の計算として、回収できなかった額 ÷ 自社の利益率 = それを取り戻すのに必要な売上があります。たとえば利益率5%の会社が100万円を回収できなかった場合、その100万円を利益で埋めるには、2,000万円分の売上が必要になります(100万円 ÷ 5%)。自社の月の売上と比べて、「この額が飛んだら何か月分の努力が消えるか」を見ておくと、線3が引けます。

3本の線を引いたら、いちばん低い線を限度額にします。線1(必要額)が線3(耐えられる額)を上回る場合は、限度額を上げるのではなく、取引条件(前受金、支払サイトの短縮、取引量の分割)のほうを変えるのが筋です。

データで見る:「相手の体力」の線は、ほとんどの会社で引けない

しょくばログのデータベース(国税庁の法人番号データをもとに、gBizINFO・EDINET・各都府県の建設業許可データなどを法人番号で突き合わせたもの)で、活動中の株式会社・有限会社・合同会社 4,351,804社(株式会社2,513,316社・有限会社1,426,057社・合同会社412,431社)について、与信の判断に使える項目が公開データでどれだけ埋まるかを数えました(2026年9月27日集計)。

売上高・決算公告・資本金のどれか1つでも分かる会社を合わせても99,113社(2.28%)です。残りの97%以上の会社については、公開データだけでは「相手の体力」の線を引く材料がない、というのが実態です。

資本金は、登記簿を取れば必ず分かります(登記情報提供サービスで商業・法人の全部事項は330円、法務省の料金一覧より)。ただし資本金は、設立時や増資時に払い込まれた額で、いま手元にあるお金でも、会社の体力そのものでもありません。建設業許可データで資本金が分かる81,509社(活動中)を見ると、中央値は700万円で、300万円以下が28.6%、300万円超〜1,000万円以下が49.2%でした。資本金の大小で限度額に差をつけても、ほとんどの会社が同じ帯に入ってしまい、判断の材料にはなりにくいのです。資本金の見方は会社の資本金を無料で調べる方法で詳しく書いています。

売上高を調べる手段そのものは会社の売上高を無料で調べる方法で、決算公告の実態は決算公告を出していない会社は違法?で整理しています。いずれも結論は同じで、中小企業の決算は、相手から直接もらうか、有料の信用調査で取るかしかありません。

相手の数字が見えないときの、現実的な決め方

線2が引けない以上、線1(必要額)と線3(耐えられる額)で上限を決め、相手の情報の薄さは「小さく始めて実績で上げる」ことで補うのが現実的です。手順にすると次のようになります。

ステップ1:実在と活動を確認する(無料)

法人番号で会社が実在し、閉鎖されていないかを確認します。インボイスの登録があるかも、国税庁のサイトで無料で分かります。やり方は会社が実在するか確認する方法と、新規取引先の確認事項にまとめています。

ステップ2:登記簿で「最近の動き」を見る(330円)

履歴事項全部証明書(登記情報提供サービスなら閲覧用の全部事項)で、役員の入れ替わり、本店の移転、商号の変更、目的の変更が短期間に重なっていないかを見ます。どれも単独では問題ありませんが、重なっている場合は、最初の限度額を小さめにする理由になります。登記簿の種類の違いは履歴事項全部証明書と現在事項全部証明書の違いを参照してください。

ステップ3:初回は「必要額より小さく」始める

情報が薄い相手には、初回の限度額を線1の必要額より小さく置き、足りない分は前受金、初回のみ前払い、支払サイトの短縮、納品の分割で埋めます。取引条件で未回収を小さくしておけば、限度額が小さくても取引は回ります。

ステップ4:入金の実績で段階的に引き上げる

一定回数、期日どおりに入金があったら、限度額を必要額まで引き上げる、というルールを社内で決めておきます。何回で上げるかは各社の方針ですが、「誰かの印象」ではなく「入金の記録」で上げることが大事です。

ステップ5:大口になったら、有料の信用調査を使う

線1の必要額が、線3の耐えられる額に近づいてきたら、そこで初めて有料の信用調査を検討します。費用の目安は企業の信用調査の費用相場に、評点の読み方は帝国データバンク・東京商工リサーチの評点の見方にまとめています。無料でできる確認の全体像は取引先の信用を調べる方法が入口です。

限度額を超えそうなときの手当て

取引量が増えて限度額を超えそうなとき、選択肢は「断る」だけではありません。

見直しのタイミング

限度額は一度決めたら終わりではありません。次のようなことが起きたら、見直しのサインです。

逆に、入金が安定して続いている相手は、限度額を必要額まで上げていくことで、営業の機会を逃さずに済みます。与信管理は「断るための仕組み」ではなく、安心して取引を増やすための仕組みです。

よくある質問

与信限度額は法律で決まっていますか?

決まっていません。与信限度額は各社が社内規程で決める管理上の上限です。誰が申請し、誰が承認するか、金額帯ごとの決裁権限も、各社で決めます。

相手の決算書が手に入らないときはどうすればいいですか?

「取引に必要な額」と「自社が回収できなくても耐えられる額」の2本で上限を決め、初回は小さく始めて、入金の実績で段階的に引き上げるのが現実的です。しょくばログの集計では、活動中の会社434万社のうち売上高が無料の公開データで分かるのは0.09%で、決算書が見えないのが普通の状態です。

資本金で与信限度額を決めてもいいですか?

資本金だけで決めるのはおすすめしません。資本金は払い込まれた時点の額で、いまの手元資金や体力を表すものではありません。建設業許可データで資本金が分かる8万社の中央値は700万円で、大半の会社が同じような帯に入るため、差をつける材料にもなりにくいのが実情です。

取引先が倒産したら、売掛金はどうなりますか?

倒産の手続き(破産・民事再生など)によって扱いは変わりますが、担保のない売掛金は全額が戻らないことが多いと考えておくべきです。備えとして、経営セーフティ共済(掛金総額の10倍・最高8,000万円まで、回収困難額の範囲で無担保・無保証人で借入れ可能)や取引信用保険があります。倒産の種類の違いは倒産の種類の違いを参照してください。

与信限度額はどのくらいの頻度で見直すべきですか?

定期的な見直し(年1回など)に加えて、入金遅れ、支払方法の変更要請、注文の急増、役員交代や本店移転といった変化があったときに、その都度見直すのが一般的です。

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出典・集計について

古家あきら
全国の会社データベース「しょくばログ」を運営しています。会社の登記・求人・クチコミのデータと毎日向き合う中で気づいた“会社の調べ方”を、現場の目線で書いています。

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