✍ 古家あきら | 2026-09-19 更新
上場企業でも「後継者が決まらない」で会社を売る — 富山・南砺市の日本抵抗器製作所(設立83年)がフェローテックのTOBで完全子会社に。TOBの下限が「3分の2」でなく「過半数」なのはなぜか、社名に「製作所」を持つ法人36,170社のデータ
先に結論です。株式会社日本抵抗器製作所(富山県南砺市北野2315・東証スタンダード・証券コード6977)は、株式会社フェローテック(東京都中央区・東証スタンダード・6890)によるTOBで完全子会社になる予定です。買付価格は1株1,901円、公開買付期間は2026年9月18日から11月5日までの30営業日、決済開始日は11月12日。TOBが成立して株式併合によるスクイーズアウトまで進めば、1964年10月から62年続いた上場は廃止になります。日本抵抗器製作所の取締役会はこのTOBに賛同し、株主に応募を推奨しています。
出典:株式会社日本抵抗器製作所(証券コード:6977)に対する公開買付けの開始に関するお知らせ(株式会社フェローテック・2026年9月17日・TDnet) 出典:フェローテック<6890>、電子部品メーカーの日本抵抗器製作所<6977>をTOBで子会社化(M&A Online・2026年9月17日)
しょくばログという会社データベースを運営していると、「後継者がいない」は町工場や個人商店の話だと思われがちなことに気づきます。うちのデータでも家族経営の会社の見分け方や人手不足倒産の見分け方で扱ってきたのは、ほとんどが非上場の小さな会社でした。今回の開示文には、上場企業が「明確な後継者が定まっていない」ことを理由の一つに完全子会社化を選んだ、と会社側の言葉で書いてあります。今週はTOBで上場廃止になるスーパー(アルビスの記事)と、時価総額の基準未達で上場廃止になる百貨店(さいか屋の記事)を書いたので、今日はその続きとして「後継者不在型」のTOBを、公式開示とうちの登記データで書きます。
公表された事実 — 1,901円・44.23%のプレミアム・買付代金約23.5億円
フェローテックの開示文にある数字を、そのまま並べます。
- 買付価格:普通株式1株につき1,901円。公表日の前営業日(2026年9月16日)の終値1,318円に対して44.23%、過去1か月の終値平均1,441円に対して31.92%、過去3か月平均1,486円に対して27.93%、過去6か月平均1,283円に対して48.17%のプレミアム
- 買付予定数:1,237,203株(発行済株式1,240,000株から自己株式2,797株を引いた全部)。下限は618,700株(所有割合50.01%)、上限なし。買付代金は1,237,203株×1,901円=約23億5,192万円
- 期間:2026年9月18日〜11月5日(30営業日)。決済開始日は11月12日。公開買付代理人は東海東京証券、復代理人はマネックス証券
- 応募合意:代表取締役社長の木村氏(106,500株・8.61%)と社外取締役の今井氏(40,163株・3.25%)が、合わせて146,663株(11.85%)を応募する契約を結んでいる
- 価格交渉の経緯:フェローテックが8月17日に最初に出した提案は1,740円(直前の終値1,462円に19.02%のプレミアム)。対象会社の特別委員会が「十分な水準とはいえない」と再考を求め、8月24日に1,825円、9月2日に1,900円、9月15日に1,901円と3回引き上げられ、9月16日に対象会社側が応諾
- 対象会社の業績:連結売上高は2023年12月期7,166百万円→2024年12月期6,454百万円→2025年12月期5,905百万円と2期連続減収。経常損失は2024年12月期104百万円、2025年12月期136百万円で2期連続の赤字
- 売却に至った理由(開示文の言葉):対象会社は2025年4月頃から提携先を探し始め、2025年11月にみずほ証券を通じてフェローテックに打診。2026年1月26日にフェローテックが買収を含む提案書を出したのに対し、対象会社は「経営陣の高齢化が進む中で明確な後継者が定まっていないことを踏まえ、公開買付者の完全子会社となることも有力な選択肢として」協議を続けたいと2月9日に回答
- 買収後の雇用:フェローテックは「対象者の従業員について、雇用条件や処遇を不当に悪化させることや、短期的なコスト削減のみを目的とした施策を行うことは想定しておらず、中長期的な成長を支えるべく人材基盤の維持及び強化を行うことを想定」と書いている
会社のプロフィールも足します。日本抵抗器製作所は1943年(昭和18年)5月21日に富山県で「有限会社日本抵抗器製作所」として設立され、1953年8月に株式会社へ組織変更、1964年10月に東証二部に上場、2022年4月にスタンダード市場へ移行しました。資本金7億2,440万円、事業は抵抗器・ポテンショメーター(可変抵抗器)・ハイブリッドIC・電子機器の製造販売で、グループは子会社10社。会社情報サイトの登録値では従業員数は単独45人・連結304人、平均年齢43.4歳、平均年収446万円です。買い手のフェローテックは1980年に日本フェローフルイディクスとして設立された半導体装置部品・電子デバイスの会社で、2026年3月末時点で子会社等98社(連結子会社80社)のグループです。
出典:会社概要(株式会社日本抵抗器製作所) 出典:(株)日本抵抗器製作所【6977】企業情報(Yahoo!ファイナンス)
TOBの「下限」が3分の2でなく50.01%なのはなぜか — 議決権行使比率57%という計算
TOBの開示文で私がいちばん面白いと思ったのは、買付予定数の下限の決め方です。完全子会社化のTOBでは、TOB後に「株式併合」で残った少数株主を現金で追い出す(スクイーズアウト)のが普通で、株式併合には株主総会の特別決議=議決権の3分の2が要ります。だから下限を3分の2(この会社なら約82万株)に置くのが教科書的です。
ところがフェローテックは下限を過半数の618,700株(50.01%)にしました。理由は開示文に計算式ごと書いてあります。
- 日本抵抗器製作所の過去3年の定時株主総会での議決権行使比率は平均57.08%、最大60.09%(2024年3月60.09%、2025年3月52.73%、2026年3月58.43%)
- 保守的に「61.00%が行使する」と仮定し、さらに2026年7月に大量保有報告書を出した新しい大株主2者(5.02%と5.40%)は賛成しないと仮定
- その前提で計算すると、特別決議に必要な3分の2は589,100株あれば足りる。それに余裕を持たせて、過半数の618,700株を下限にした
つまり「全株主の3分の2」ではなく、「総会に来る株主の3分の2」を取れれば株式併合は通る、という設計です。株主総会に来ない株主が4割いる会社では、過半数を押さえた買い手は事実上すべてを決められる。これは上場企業の株主なら知っておいていい構造で、TOBのあとに会社に何が起きるかを読むときの基本になります。TOBで上場が消えるまでの手順と、消えたあとに外から見えなくなる情報の範囲はアルビスの記事に書いたので、そちらも合わせて読んでください。
登記データで見る日本抵抗器製作所 — 本店は富山県南砺市、東京の営業会社は別法人
うちの登記データ(国税庁の法人番号公表サイト由来)で「日本抵抗器」を引くと、5法人が出てきます。
- 株式会社日本抵抗器製作所(法人番号9230001008820):富山県南砺市北野2315番地。上場会社本体
- 株式会社日本抵抗器大分製作所(4320001007693):大分県宇佐市大字住江185番地。抵抗器を作る連結子会社
- 日本抵抗器販売株式会社(2010701007778):東京都品川区南大井3丁目6番20号。1975年設立の販売会社で、資本金5,000万円。会社概要の「東京支店」「海外部」と同じ住所
- 日本抵抗器取引先持株会(9700150075176):東京都品川区南大井、上と同じ住所。取引先が株を持ち合う会
- 有限会社日本抵抗器特販(9020002066062):神奈川県横浜市瀬谷区。2018年3月27日に清算結了で閉鎖
上場会社の「本社」は東京の南大井にあると思っている人が多いかもしれませんが、登記上の本店は富山県南砺市で、東京の住所は別法人(販売会社)と支店です。こういう「本店は地方、営業の顔は東京」という構造は製造業ではよくあり、応募先がどの法人かを法人番号で確かめる意味はここにあります。
gBizINFOの登録値では、代表者は代表取締役社長 木村準、業種は「E:製造業」、従業員数22人、資本金7億2,440万円。同じ会社でも、gBizINFOの22人、有価証券報告書ベースの単独45人、連結304人と、3つの数字が並びます。gBizINFOの従業員数は登録時点の自己申告値で、上場会社の開示値とは一致しないことが多い、と覚えておいてください。
買い手のフェローテック側も登記から見えます。株式会社フェローテック(1010001075980)は東京都中央区日本橋2丁目3番4号、gBizINFOでは製造業・従業員169人・資本金295億4,900万円。同じ住所に「株式会社フェローテック(8010001175428)」がもう1件あり、こちらは2020年7月1日に合併で閉鎖、さらに「株式会社フェローテックマテリアルテクノロジーズ(5010001020181)」も2025年7月8日に合併で閉鎖しています。開示文にある「2017年4月に持株会社化、2025年7月に事業会社へ移行して商号を株式会社フェローテックに変更」という経緯が、法人番号の入れ替わりとして登記に残っている形です。合併で法人がどう消えるかは「買収された会社」は登記から消えるのかに書きました。
社名に「製作所」を持つ法人は全国43,999件、現存36,170件 — 55%は有限会社
日本抵抗器製作所の社名にある「製作所」を、うちのデータで数えました。
- 全国で43,999法人。うち現存36,170、閉鎖7,829(閉鎖率17.8%)
- 閉鎖事由の内訳:清算の結了が5,583件(71.3%)、登記記録の閉鎖等(休眠会社のみなし解散など)が2,063件、合併による解散が181件、その他が2件。買収・合併で消えたのは2.3%で、97%は自分で畳むか、放置されて閉鎖されています
- 現存36,170法人の法人種別:有限会社19,839(54.8%)、株式会社12,850(35.5%)、合資会社2,629、合名会社496、合同会社226、その他130。全国の会社(株式・有限・合同・合資・合名)に占める有限会社の割合は32.0%なので、「製作所」は有限会社の比率が全国平均の1.7倍です
- 都道府県別(現存):東京都8,584、大阪府3,917、埼玉県3,266、神奈川県2,883、愛知県2,437、群馬県1,090、千葉県1,062、静岡県1,034、長野県989、兵庫県927。富山県は274件
- 従業員数の登録がある会社は1,715件(4.7%)。内訳は10人未満262、10〜99人964、100〜299人361、300〜999人95、1,000人以上33。上位は日立製作所(35,631人)、小松製作所(12,285人)、村田製作所(10,000人)
- 南砺市の「製作所」は27件で、株式会社7・有限会社18・合名会社2。木工、運動具(バット)、玩具、電器と、製作所の中身はばらばらです
「製作所」という社名は、日立や村田のような1万人規模の会社から、有限会社の町工場まで同じ言葉で使われます。日本抵抗器製作所自身も、1943年に有限会社として生まれ、10年後に株式会社になった会社です。有限会社は1940年施行の有限会社法で作れるようになった形で、2006年の会社法施行で新設できなくなりましたが、今も142万9,550社が「特例有限会社」として残っています。有限会社のまま続く会社の見方は有限会社に就職するのは不利なのかに書きました。
応募者・取引先が持ち帰れる教訓 — 「後継者不在」は上場の有無と関係ない
個社の話を一般化すると、今回の開示から持ち帰れるのは次の4つです。
1. 後継者不在は、規模や上場の有無で判断できない。社長の年齢を外から調べる方法は社長の年齢を外から調べる方法に書きましたが、上場会社なら有価証券報告書の役員欄に生年月日が載ります。役員の平均年齢と、次の世代の役員がいるかを見るのがいちばん早い 2. 2期連続の赤字と減収が並んだら、会社は提携先を探し始める。日本抵抗器製作所が提携先探しを始めたのは2025年4月で、その時点で2024年12月期の赤字が確定していました。赤字が3期続く業種に書いた通り、赤字の継続は身売りの前触れになりやすい 3. TOBの下限を見れば、買い手がどこまで本気かが分かる。下限が過半数なら「総会に来る株主の3分の2」で完全子会社化まで行く設計、下限が3分の2ならより確実に行く設計。どちらも「途中で止まる」可能性が低い 4. 完全子会社化のあと、非上場会社としての見方に切り替える。有価証券報告書が出なくなるので、平均年収446万円・平均年齢43.4歳のような数字は次の更新から取れなくなります。非上場会社の見方は上場企業の平均年収と非上場会社の見方へ
よくある質問
TOBが成立すると、日本抵抗器製作所という会社はなくなるのですか
いいえ。法人(法人番号9230001008820)はそのまま残り、株主がフェローテック1社になるだけです。社名・本店・雇用契約・取引契約はそのまま会社に残ります。変わるのは、東証での株の売買ができなくなることと、有価証券報告書などの開示が出なくなることです。会社が上場しているかの確かめ方は会社が上場しているか確認する方法に書きました。
TOBの「下限50.01%」で本当に完全子会社化までできるのですか
開示文の計算では、過去3年の議決権行使比率(平均57.08%、最大60.09%)をもとに「61%が行使する」と仮定すると、株式併合の特別決議に必要な3分の2は589,100株で足りる、としています。下限618,700株はそれに余裕を持たせた数字です。ただし開示文自身が、TOB後の議決権が総会の3分の2に満たない場合は、追加取得などで非公開化を目指すと書いており、成立が保証されているわけではありません。
プレミアム44.23%は高いのですか
TOBのプレミアムは案件ごとに幅があり、一概に高い・低いとは言えません。今回の開示で分かる事実は、最初の提案が1,740円(19.02%)で、対象会社の特別委員会が3回再考を求めて1,825円→1,900円→1,901円と上がったこと、そして過去6か月の平均株価1,283円に対しては48.17%になることです。株価が上がった直後の1か月平均に対しては31.92%と、基準となる期間で数字が大きく変わります。
社名に「製作所」と付いていれば製造業の会社ですか
ほぼそうですが、規模はまったく読めません。うちのデータでは現存36,170件のうち54.8%が有限会社で、従業員数の登録がある会社は4.7%しかありません。南砺市の27件も木工・運動具・玩具・電器とばらばらでした。「製作所」は業態ではなく、その会社が生まれた時代の呼び方だと思って、中身は法人番号ごとに確かめてください。
まとめ
- 日本抵抗器製作所はフェローテックのTOB(1株1,901円・9月18日〜11月5日・買付代金約23.5億円)で完全子会社になる予定。成立すれば1964年から62年続いた上場は廃止
- 開示された売却理由は、2期連続の赤字・減収に加えて「経営陣の高齢化が進む中で明確な後継者が定まっていない」こと。後継者不在は上場企業でも起きる
- TOBの下限は3分の2でなく過半数(50.01%)。議決権行使比率が57%前後の会社では、総会に来る株主の3分の2を押さえれば株式併合が通る、という計算
- 登記上の本店は富山県南砺市。東京・品川の住所は販売会社(別法人)と支店。従業員数はgBizINFO22人・単独45人・連結304人と、見る資料で3つの数字が並ぶ
- 社名に「製作所」を持つ法人は全国43,999件、現存36,170件、閉鎖率17.8%。現存の54.8%は有限会社で、従業員数の登録があるのは4.7%
うちのデータは国税庁の法人番号公表サイトとgBizINFOの登録値をもとにしています。gBizINFOの従業員数・資本金は登録時点の値で、上場会社の開示値と一致しないことがあります。TOBの条件・日程は2026年9月17日時点の開示に基づくもので、公開買付期間中に変更される可能性があります。