✍ 古家あきら | 2026-09-13 更新

「馬追和牛」の長沼ファームが負債12億5,800万円で破産、売上はピークの9.4億円から3.9億円へ — 登記上の社名は「フアーム」で、社名に「牧場・畜産・養豚・酪農」を持つ法人8,732件を数えたら、閉じ方の42.7%が「登記官による閉鎖」だった

北海道夕張郡長沼町で黒毛和牛の自社ブランド「馬追(まおい)和牛」を生産していた有限会社長沼ファームが、2026年8月31日に札幌地裁へ破産を申請し、同日、破産手続開始決定を受けました。東京商工リサーチの調べで、負債総額は12億5,800万円、債権者は37人です。

報道で確認できる数字を並べます。設立は1969年12月。ピーク時は約1,500頭を飼育し、2014年12月期の売上高は9億3,921万円でしたが、同じ期に1億6,872万円の赤字を出しています。その後、2018年9月の胆振東部地震で安平町の分場が被害を受け、コロナ禍で輸出が停滞して和牛の需要が落ち込み、飼料価格の高騰で生産コストが増えました。2025年12月期の売上高は3億8,800万円、債務超過は4億円を超え、資金繰りが限界に達したとされています。

出典:STVニュース北海道「長沼町の肉用牛生産業者『長沼ファーム』が経営破たん 負債総額12億5800万円 東京商工リサーチ」(2026年9月9日配信・Yahoo!ニュース)

出典:リアルエコノミー「『馬追和牛』の長沼ファームが破産開始決定、胆振東部地震とコロナ禍の影響続き」(2026年9月10日)

先に結論を書きます。この倒産で目を引くのは、負債の大きさより「売上が11年で6割減った会社が、設立57年目まで続いた」ことです。 畜産は牛を売る前に牛を育てる期間が長く、飼料代が先に出ていく商売なので、需要が落ちても急には縮められない。うちのデータで畜産系の社名を持つ法人を数えると、この「畳めない」性質は登記の閉じ方にも出ていました。順に書きます。

しょくばログという会社データベースを運営していると、「牧場に就職を考えているが、この業界は大丈夫か」「取引先の畜産会社が心配だ」という相談があります。この記事では、報道の数字、農林水産省の畜産統計、うちのデータベースの3つを並べて、それぞれが何を数えていて何を数えていないかを分けます。

登記上の社名は「長沼フアーム」 — 検索して出てこない、の典型

うちのデータベースで社名を引くと、報道の「長沼ファーム」ではヒットせず、「有限会社長沼フアーム」(小さい「ァ」ではなく大きい「ア」)で1件出てきます。法人番号1430002050890、本店は夕張郡長沼町東7線北5番地、法人種別は有限会社。記事執筆時点で登記の閉鎖日は入っていません。破産手続開始決定は登記されますが、国税庁の法人番号公表サイトで「閉鎖」になるのは、破産手続が終わって登記記録が閉じられた後です。「まだ閉鎖されていない」=「まだ大丈夫」ではない、というのは倒産直後の会社を見るときの基本です。

社名の「ア」の大きさは、些細に見えて実務では効きます。古い登記では拗音・促音を大きい仮名で書いた社名が珍しくなく、うちのデータでは社名に「フアーム」(大きい「ア」)を含む法人が全国に222件あります。内訳は有限会社167件(75.2%)、株式会社29件、その他の設立登記法人21件。都道府県別では北海道が53件で最多です。一方、「ファーム」(小さい「ァ」)を含む法人は14,177件で、こちらは株式会社が7,741件と半分以上を占めます。大きい「ア」の社名は、有限会社が新設できなくなった2006年より前の、古い会社の目印だと読めます。社名で検索して見つからないときの手順は会社を検索しても出てこないときの記事に書きました。

肉用牛の飼養戸数は1年で6.8%減 — 農林水産省の畜産統計

公的な数字を先に置きます。農林水産省の畜産統計(2025年2月1日現在、2025年7月公表)によると、肉用牛の飼養戸数は3万4,000戸で、前年から2,500戸(6.8%)減少。飼養頭数は259万5,000頭で7万7,000頭(2.9%)減。一方、1戸当たりの飼養頭数は76.3頭で3.1頭(4.2%)増えています。

出典:農林水産省「畜産統計(令和7年2月1日現在)」(みんなの農業広場による転載、2025年7月29日)

戸数の減り方(6.8%)が頭数の減り方(2.9%)より大きい、というのは、小さい牧場がやめて、残った牧場が大きくなっているということです。長沼ファームはピーク時1,500頭で、平均76頭の20倍の規模でした。「大きいから安全」ではなく、大きいぶん飼料代の高騰を正面から受けた、と読むほうが実態に近いと思います。

ここで注意したいのは、畜産統計の「戸」は農家の戸数で、法人の数ではないことです。個人経営の農家も、農事組合法人も、有限会社も、1戸は1戸です。うちのデータは逆に、登記された法人しか見えません。この違いを踏まえて数えます。

社名に「牧場・畜産・養豚・酪農」を持つ法人8,732件 — 閉鎖率15.7%、閉じ方の42.7%が「登記官による閉鎖」

しょくばログの法人データベース(国税庁の法人番号公表サイトをもとにした全国5,791,529件)で、社名に「牧場」「畜産」「和牛」「肉牛」「養豚」「養鶏」「酪農」「肥育」のいずれかを含む法人を数えました。「ファーム」は農業以外(ITや士業)にも多いので入れていません。畜産の会社を業種で厳密に切り出したものではなく、「畜産に多い社名の法人」の集計として読んでください。

「登記官による閉鎖等」は、休眠のまま長く放置された法人の登記が職権で閉じられるケースなどを含む区分です。清算結了は、会社が自分で解散と清算の手続きを終えた閉じ方。つまり畜産系の社名を持つ法人は、畳むときにきちんと手続きして畳んだ割合が全国より低く、放置されて閉じられた割合が高い。ガソリンスタンドの退出を数えた記事では清算結了が63.9%で全国並みでしたから、同じ「地方で減っている業種」でも閉じ方はまったく違います。ゴルフ場の民事再生を読んだ記事の43.2%と同じ水準で、牛や設備を抱えたまま「終わらせ方が決まらない」商売だと読めます。

倒産と休廃業、登記の閉鎖が何を意味するかは、倒産統計に映らない会社の終わり方の記事に書いています。

農事組合法人に限ると、閉じ方の62.5%が「登記官による閉鎖」

法人種別の内訳は、この集計でいちばん偏りが出た項目です。

全国の全法人では株式会社が50.4%、有限会社が28.9%です。この集計では有限会社が41.8%で株式会社を15ポイント上回り、株式会社は4分の1しかありません。長沼ファームも有限会社でした。ガソリンスタンドの社名でも有限会社が49.2%でしたが、畜産で目立つのは「その他の設立登記法人」が4分の1を占めることです。

その2,336件の中身を社名の頭で分けると、農事組合法人が1,392件、農業協同組合が643件、残りは事業協同組合や一般社団法人などでした。この農事組合法人1,392件の閉鎖率は23.9%(333件)で、閉鎖の事由は清算結了125件・登記官による閉鎖等208件(62.5%)。全国平均27.5%の2倍以上です。農事組合法人は農家が集まって作る法人で、株式会社のように第三者に売ったり合併したりする出口が少ない。メンバーが高齢化して活動が止まっても、誰も清算の手続きをしないまま登記だけが残り、最後に職権で閉じられる——数字はそういう終わり方が多いことを示しています。なお、社名に畜産系の語を持つ農業協同組合643件の閉鎖率は30.8%(198件)で、こちらは合併23件を含みます。法人の種類ごとの違いは法人の種類一覧の記事、農事組合法人など会社以外の法人の倒産の調べ方は非営利法人の倒産を調べる記事を参照してください。

北海道は畜産系法人の18.3%を占めるのに、閉鎖率は8.6%で47都道府県のうち最も低い

都道府県別の件数は、北海道1,598件、鹿児島511件、熊本334件、東京328件、千葉312件、宮崎306件の順でした。全国の全法人に占める北海道の割合は4.0%ですが、この集計では18.3%。北海道が畜産の中心地であることを、登記の側からも裏づける数字です。

ところが閉鎖率を見ると、北海道の1,598件のうち閉鎖は137件(8.6%)で、北海道の全法人の閉鎖率12.1%より低く、この集計の全国値15.7%と比べても7ポイント低く、100件以上ある都道府県の中では最も低い値です(次いで沖縄9.0%、青森10.7%)。件数が多い県では、東京328件中52件(15.9%)、神奈川302件中63件(20.9%)、鹿児島511件中63件(12.3%)、熊本334件中53件(15.9%)でした。畜産の会社が多い北海道ほど、登記の閉鎖は少ない。長沼ファームのある長沼町には社名に牧場・畜産を持つ法人が5件あり、記事執筆時点で4件は登記が生きています。

「北海道の畜産は安泰」とは読めません。閉鎖率は「会社を畳んだか」を示す数字で、「経営が苦しいか」ではないからです。ただ、米作農家の撤退を数えた記事でも書いた通り、農業は「やめたくてもやめられない」「やめても登記を閉じない」の両方が起きやすく、閉鎖率の低さは業界の健全さの証拠にならない、という点は同じです。

畜産の会社に応募する・取引するとき、何を見るか

うちのデータベースでは、この8,732件のうち96件が厚生労働省「しょくばらぼ」に従業員数を載せていました。中央値は30.5人、10人未満が15件、30人未満が44件、100人未満が67件、300人以上は7件。畜産統計の「1戸当たり76.3頭」からすると、従業員30人の会社はかなり大きい牧場です。これを踏まえて、1社を見るときの確認点をまとめます。

社員数の少なさをどう読むかは社員数が少ない会社は危ないのかの記事にも書いています。

よくある質問

長沼ファームの負債はいくらで、なぜ破産したのですか?

東京商工リサーチの調べで負債総額は12億5,800万円、債権者は37人です。2026年8月31日に札幌地裁へ破産を申請し、同日に破産手続開始決定を受けました。報道されている原因は、2018年9月の胆振東部地震による安平町分場の被害、コロナ禍での輸出停滞と和牛需要の落ち込み、飼料価格の高騰による生産コストの増加です。売上高はピークの2014年12月期9億3,921万円から2025年12月期3億8,800万円まで減り、債務超過は4億円を超えていました。

肉用牛の農家は全国にどれくらいありますか?

農林水産省の畜産統計(2025年2月1日現在)で、肉用牛の飼養戸数は3万4,000戸、前年比2,500戸(6.8%)減です。飼養頭数は259万5,000頭で2.9%減、1戸当たりの頭数は76.3頭で4.2%増えています。戸数の減り方が頭数の減り方より大きく、小規模な農家がやめて残った農家が大きくなる動きが続いています。

社名に「牧場」「畜産」が付く会社は危ないのですか?

しょくばログのデータでは、社名に「牧場・畜産・和牛・肉牛・養豚・養鶏・酪農・肥育」を含む法人8,732件のうち閉鎖済みは1,371件(15.7%)で、全国平均の13.2%よりやや高い水準です。ただし社名の型で差が大きく、「牧場」は11.2%、「酪農」は25.7%でした。閉鎖の事由は「登記官による閉鎖等」が42.7%と全国の1.6倍で、放置されて閉じられた法人が多い集計です。業界全体の数字より、その会社の登記が生きているか、法人種別は何か、頭数と売上の両方が分かるかを個別に見るほうが役に立ちます。

報道の社名で検索しても会社が出てこないのはなぜですか?

登記上の社名と報道の表記が違うことがあります。長沼ファームの登記上の社名は「長沼フアーム」で、拗音の「ァ」が大きい「ア」で登記されています。同じ書き方の法人は全国に222件あり、75%が有限会社です。社名で見つからないときは、所在地や法人番号から引き直してください。

まとめ

会社名や地域から実際の登記状況を確かめたいときは、しょくばログの会社検索から社名で引いてください。

古家あきら
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