✍ 古家あきら | 2026-09-19 更新
会社の訴訟・裁判の履歴を調べる方法 — 「訴訟履歴の一括データベース」は存在しません
先に結論です。会社名で検索すれば過去の訴訟・裁判が全部出てくる、という公的なデータベースは日本に存在しません。 民事の裁判は原則として公開の法廷で行われますが、「判決が出た」という事実を誰かが集めて会社ごとに一覧にする仕組みが無いからです。見える範囲は窓口ごとに違っていて、ざっくり言うと次の4層です。
- 裁判所の裁判例検索 … 掲載されるのは判例集に載った判決などの一部だけ。しかも当事者名は原則伏せられる
- 官報 … 分かるのは破産手続開始・民事再生といった「裁判所の公告」と、会社法の法定公告。個別の訴訟は載らない
- 東証の適時開示 … 上場会社に限り「訴訟の提起又は判決等」が開示項目。非上場には無い
- 裁判所での訴訟記録の閲覧 … 事件番号が分かれば誰でも閲覧できる(1件150円)。ただし「どの事件に関わったか」を探す機能は無い
しょくばログという全国の会社データベースを運営していると、「取引先候補の訴訟履歴を調べたい」「応募先が過去に裁判で負けていないか知りたい」という相談が来ます。うちのDBには国税庁の法人番号データを土台に5,791,529件の法人が入っていますが、訴訟の有無を示す項目はこのデータの中に1つもありません。後半で閉鎖事由を全件数えて示しますが、会社が消えるときの理由として登記に残るのは「清算の結了等」「合併による解散等」「登記記録の閉鎖等」「その他」の4種類だけで、「破産」という事由すらありません。裁判の履歴は「会社の外側」を、窓口ごとに見に行くしかない、という前提から書きます。
会社の行政処分を調べる方法では役所が出した処分の公表先を、労基署の公表企業を調べる方法では労働基準関係法令違反の公表を整理しました。この記事はその兄弟で、民事の訴訟・裁判がどこまで外から見えるかを扱います。①なぜ一括データベースが無いのか、②窓口ごとの「見える範囲」、③上場か非上場かで決定的に変わること、④うちのDBで数えたこと、⑤調べるときの勘違い、⑥FAQ、の順です。
なぜ「会社の訴訟履歴データベース」が無いのか
理由は単純で、判決は「公開」されるが「集約」はされないからです。民事訴訟法91条は「何人も、裁判所書記官に対し、非電磁的訴訟記録の閲覧を請求することができる」と定めていて、公開を禁止した口頭弁論に係る部分を除けば、当事者でなくても訴訟記録は見られます(e-Gov法令検索 民事訴訟法)。2026年現在は電子化された記録についても同様に、91条の2で「何人も」閲覧を請求できる建て付けになっています。
ただしこれは「その事件の記録を、その裁判所の窓口で見られる」という話です。閲覧を請求するには事件番号や当事者名で事件を特定する必要があり、「この会社が当事者になった事件を全国横断で探す」機能は裁判所にはありません。しかも謄写(コピー)や正本・謄本の交付は、91条3項で「当事者及び利害関係を疎明した第三者」に限られています。取引先候補だから、応募先だから、という理由で利害関係が認められるかは裁判所の判断で、少なくとも誰でも自由にコピーを持ち帰れるものではありません。
つまり、訴訟の記録は「あることが分かっていれば見に行ける」が、「あるかどうかを調べる入口」が無い。ここが行政処分(処分を出した役所が公表する)や労基署の公表(厚労省が一覧を出す)との決定的な違いです。
窓口ごとの「見える範囲」
裁判所の裁判例検索:載るのは一部、社名は伏せられる
裁判所のサイトにある裁判例検索は、いちばん最初に思いつく窓口だと思います。ただ、実際に使う前に3つの前提を知っておく必要があります。
1つ目は掲載範囲です。裁判所自身が「本裁判例情報には、すべての判決等が掲載されているわけではありません」と繰り返し注記しています。掲載対象は、最高裁判所は民事判例集・刑事判例集や裁判集に登載された判決等、高等裁判所は高等裁判所判例集に登載されたもの、下級裁判所は「平成14年3月以降の各地裁の主要判決速報」、労働事件は労働関係判例集と平成10年以降の主要判決等、といった具合で、判例として意味のある一部が選ばれて載っているデータベースです。日々の売掛金請求や解雇無効の訴訟のほとんどは、ここには出てきません。
2つ目は匿名化です。同サイトは「判決等の当事者の表示部分は掲載を省略」し、「固有名詞などには、プライバシーなどへの配慮から、『A』『B』『C』等の記号に置き換えている」と明記しています。つまり判決文が載っていても、会社名で検索してヒットする保証がありません。
3つ目は「載っていない=訴訟が無かった」ではないということ。1つ目と2つ目の帰結ですが、ここを勘違いすると「検索したけど何も出なかったから大丈夫」という誤った安心につながります。
官報:分かるのは「裁判所の公告」と「会社の法定公告」
官報には裁判所が出す公告が載ります。破産法10条は「この法律の規定による公告は、官報に掲載してする」と定め、32条で破産手続開始の決定をしたときは「直ちに」決定の主文や破産管財人の氏名などを公告することを裁判所に義務付けています。民事再生法10条も同じ構造です。会社法939条では会社の公告方法として官報・日刊新聞紙・電子公告の3つが定められ、定款で定めがなければ官報になります(e-Gov法令検索 会社法)。
2025年4月1日に国立印刷局の官報発行サイトが開設され、直近90日間は無料で閲覧できます。日付やキーワードを指定して検索できるのは別途の有料会員サービスです。
ここで重要なのは、官報に載るのは倒産手続や公示催告のような「公告」であって、通常の民事訴訟は載らないということ。取引先が売掛金で訴えられても、従業員に残業代を請求されても、官報には何も出ません。官報で分かるのは「その会社が破産や再生といった手続に入ったか」までです。倒産の確認そのものは会社の実在・倒産を確認する方法で手順を書いています。
東証の適時開示:上場会社だけが「訴訟」を開示する
いちばん「訴訟」がそのまま見える窓口が、上場会社の適時開示です。日本取引所グループが公表している適時開示が求められる会社情報(2026年7月10日現在)には、上場会社の「発生事実」として「訴訟の提起又は判決等」「仮処分命令の申立て又は決定等」が明記されています。子会社等の発生事実にも同じ項目があり、上場会社は自社だけでなく子会社の訴訟についても開示の対象になります。
開示された資料は、開示日を含めて31日分がJPXの適時開示情報閲覧サービスで、過去10年分が東証上場会社情報サービスで閲覧できます(JPXのTDnetの概要より)。つまり上場会社については、「訴訟を起こされた」「判決が出た」という事実が、投資判断に重要な影響を与えるものに限られるとはいえ、会社名で追える形で残ります。
さらに上場会社や一定の条件を満たす会社は、EDINETで有価証券報告書を出しています。「事業等のリスク」や財務諸表の注記に訴訟についての記載が出ることがあり、適時開示と合わせて読むと、その会社が抱えている係争の輪郭が分かります。
裁判所の窓口:事件が特定できれば誰でも150円で閲覧できる
最後に、事件番号や当事者・裁判所が分かっている場合の話です。民事訴訟費用等に関する法律の別表第三は、「事件の記録の閲覧、謄写、複製又は複写(事件の係属中に当事者等が請求するものを除く。)」の手数料を「一件につき百五十円」と定めています。報道や相手方の開示で「〇〇地裁に提訴された」と分かっている事件なら、その裁判所の窓口で閲覧を申請するのが、最も確実に一次情報に触れる方法です。
ただし、ここまで書いてきたとおり「あるかどうかを探す」機能はありません。事件の存在を知る入口は、上場会社なら適時開示、それ以外は報道・業界団体の公表・相手方からの説明、というのが現実です。
上場か非上場かで「見える量」が桁違いに変わる
ここまでの整理を一言でまとめると、訴訟がまとまった形で外から見えるのは上場会社だけです。では、その上場会社は日本の会社のどれくらいを占めるのか。
会社が上場しているか確認する方法で集計したとおり、東京証券取引所の上場会社数は3,895社(2026年8月26日時点、日本取引所グループ公表)でした。一方、うちのDBで2026年9月19日に数え直した活動中の法人は5,028,697社、そのうち株式会社は2,513,796社です。割り算すると、株式会社の約645社に1社、活動中の全法人で見れば約1,291社に1社しか上場していません。
言い換えると、「訴訟の提起又は判決等」が会社名付きで公表される仕組みの対象になっているのは、日本の法人の0.1%未満です。残りの99.9%については、裁判所に事件番号を持ち込めば記録は見られるものの、その事件の存在を教えてくれる公的な仕組みが無い——これが「訴訟履歴を調べる」ときの出発点です。
非上場の会社について現実的にできることは、次の3つに絞られます。
- 官報で倒産手続の公告を確認する … 破産・民事再生・特別清算・会社解散の公告は官報に載る。訴訟そのものではないが「裁判所が関わった重大事」はここで拾える
- 報道と業界団体の公表を当たる … 特に労働事件は、労働組合や支援団体が提訴を公表することがある。ただし公表されるかどうかは事案次第
- 相手に直接聞く … 取引開始前の与信の場面なら「係争中の訴訟の有無」を確認事項に入れる。取引先の信用を調べる方法で書いた与信の3層のうち、信用調査会社のレポートには係争情報が載ることがある
うちのDBで数えたこと:閉鎖事由に「訴訟」も「破産」もない
「登記や法人番号のデータで訴訟の有無が分かるのでは」と期待する人がいるので、うちのDBの全件を数えました(2026年9月19日集計、国税庁法人番号公表サイトのデータを土台にしたもの)。
- 総件数 … 5,791,529件
- 活動中 … 5,028,697件
- 登記記録が閉鎖された法人 … 762,832件(13.2%)
閉鎖された762,832件の「閉鎖事由」の内訳はこうです。
- 清算の結了等 … 491,764件(64.5%)
- 登記記録の閉鎖等(登記官による閉鎖など) … 210,087件(27.5%)
- 合併による解散等 … 59,612件(7.8%)
- その他の清算の結了等 … 1,369件(0.2%)
事由はこの4種類で全部です。「破産」という事由はありません。破産手続が終わって登記が閉鎖されると、データ上は「清算の結了等」に吸収されます。自主的に廃業して清算した会社と、破産で消えた会社が、法人番号のデータでは同じ表示になるということです。当然、「訴訟で負けた」「判決を受けた」という事実は、活動中の会社にも閉鎖された会社にも、どこにも記録されません。
これは国税庁の法人番号データの欠陥ではなく、そもそも法人番号が「商号・所在地・法人種別・登記記録の閉鎖」を扱う仕組みだからです。登記簿そのものも同じで、会社の登記簿は誰でも見られるで書いたとおり登記事項証明書は誰でも取れますが、訴訟の有無は登記事項ではありません。破産手続開始の決定があると登記にはその旨が記録されますが、それは「手続に入った」ことであって、個別の訴訟の履歴ではない点は同じです。
調べるときにありがちな勘違い
「裁判例検索で出なかったから訴訟は無い」
いちばん多い勘違いです。裁判所の裁判例検索は判例集に載った判決などの一部を、当事者名を伏せて載せているデータベースです。載っていないのが普通で、出なかったことは何の証明にもなりません。
「官報に出ていないから裁判沙汰になっていない」
官報に載るのは裁判所の公告(破産・再生など)と会社の法定公告です。通常の民事訴訟は官報には載りません。官報で分かるのは倒産手続に入ったかどうかまで、と割り切ってください。
「訴訟を起こされた会社=危ない会社」
ここは調べ方の記事なので評価には踏み込みませんが、前提として、訴訟は起こす側にも起こされる側にもなり得ます。売掛金の回収で会社が原告になることも普通にあります。上場会社の適時開示で「訴訟の提起」を見つけたときも、原告か被告か、請求額、その後の判決や和解の開示まで追ってから判断する必要があります。
「労働審判なら裁判所で公開されているはず」
労働審判法16条は「労働審判手続は、公開しない」と定めています(e-Gov法令検索 労働審判法)。解雇や残業代のトラブルの多くは労働審判で扱われますが、これは非公開の手続で、記録の閲覧も一般の訴訟とは扱いが違います。労働関係の問題を外から見たいなら、裁判所ではなく厚労省の公表企業リストや労働局の情報を当たるほうが現実的で、その手順は労基署の公表企業を調べる方法にまとめています。
「反社チェックのツールに訴訟履歴が入っている」
反社チェックのツールやサービスが集めているのは主に報道や公開情報で、裁判所の記録を網羅しているわけではありません。何を情報源にしているかは提供元によって違うので、取引先の反社チェックの方法で書いたとおり、情報源を確認してから使ってください。
実務での順番:どこから見るか
取引先候補や応募先の「裁判の履歴」が気になったとき、うちが案内している順番はこうです。
1. 上場しているか確認する(確認方法)。上場なら東証上場会社情報サービスで過去10年分の適時開示を「訴訟」で追う。EDINETの有価証券報告書も合わせて読む 2. 官報発行サイトで社名を当てる。直近90日分は無料。破産・再生・特別清算・解散の公告が出ていないかを見る 3. 報道・業界団体・労働組合の公表を検索する。ここで事件番号や裁判所名が分かれば、その裁判所の窓口で記録の閲覧(1件150円)ができる 4. 与信の場面なら、信用調査会社のレポートと相手への直接確認で補う(費用の相場)
裁判所の裁判例検索は、この4つのあとに「その業種でどんな争いが起きているか」を知る目的で使うのが向いています。個社の履歴を探す道具ではありません。
内容についての注意
この記事は「どこで何が見えるか」の整理で、特定の会社の係争を評価するものではありません。訴訟記録の閲覧の可否や利害関係の疎明は裁判所の判断によりますし、上場規程や官報の運用は改定されます。日付を明記した一次情報(e-Gov法令検索・日本取引所グループ・官報発行サイト・裁判所)を、使う時点で確認してください。
よくある質問
会社名で訴訟の履歴を一括検索できるサイトはありますか
公的なものはありません。裁判所の裁判例検索は判例集に載った一部の判決を当事者名を伏せて掲載するもので、会社ごとの履歴を引く機能はありません。上場会社であれば東証上場会社情報サービスで過去10年分の適時開示を追えるので、「訴訟の提起又は判決等」の開示を探すのが最も実務的です。
裁判所で他人の会社の訴訟記録を見ることはできますか
できます。民事訴訟法91条で、公開を禁止した口頭弁論に係る部分などを除き「何人も」訴訟記録の閲覧を請求できます。手数料は民事訴訟費用等に関する法律の別表第三で1件につき150円です。ただし謄写や正本・謄本の交付は「当事者及び利害関係を疎明した第三者」に限られ、事件を特定できないと申請そのものができません。
官報を見れば会社が訴えられたか分かりますか
分かりません。官報に載るのは破産手続開始や民事再生といった裁判所の公告と、会社法に基づく会社の法定公告です。通常の民事訴訟は官報には出ません。2025年4月開設の官報発行サイトでは直近90日分を無料で読めるので、「倒産手続に入ったか」の確認には使えます。
登記簿や法人番号のデータに訴訟の有無は載りますか
載りません。うちのDB全件5,791,529件(2026年9月19日集計)で確認したところ、登記記録の閉鎖事由は「清算の結了等」「登記記録の閉鎖等」「合併による解散等」「その他の清算の結了等」の4種類だけで、「破産」という事由すらありません。訴訟の有無は登記事項ではないので、活動中の会社についても何も記録されていません。
非上場の会社の裁判歴は、結局どうやって調べるのですか
外から確実に分かる範囲は、官報の倒産手続の公告と、報道・業界団体・労働組合などの公表までです。そこで事件番号や裁判所が分かれば、裁判所の窓口で記録を閲覧できます。与信の場面なら信用調査会社のレポートの係争情報と、相手への直接確認を組み合わせるのが現実的です。「調べても出てこない」のは非上場では普通のことで、出てこなかったこと自体を安心材料にはしないでください。