✍ 古家あきら | 2026-09-21 更新
「渋谷の若者離れ」は本当か — 人流データは「西に若者・東に大人」、登記データは渋谷区10万9,860法人の28%が「100社以上が同居する住所」に集まると示す。道玄坂1丁目の1つの住所に5,083法人という"三つ目の渋谷"
先に結論です。2026年9月21日、帝国データバンクは携帯電話の位置情報をもとにした人流データで渋谷駅周辺を分析し、「若者は渋谷からいなくなった」という通説は当たらない、と公表しました。2025年度の月平均で、渋谷駅周辺750m四方に来る人のうち20代以下は平日40.7%・休日47.8%。センター街や渋谷PARCO周辺の西側では休日に若者が過半数(PARCO周辺54.3%・センター街53.5%)を占め、宮益坂・美竹通り・渋谷ストリームがある東側では30〜50代のミドル世代が平日の5割を占める。若者がいなくなったのではなく、再開発で街が広がるなかで「若者は西、大人は東」に居場所を分けてきた、という読みです。
出典:「渋谷の若者離れ」は本当か? 人流データが示す「二つの渋谷」(帝国データバンク・人流社流 帝国ニュース・2026年9月21日) 出典:同記事のYahoo!ニュース配信(2026年9月21日)
しょくばログという会社データベースを運営していると、渋谷の会社に応募する人や渋谷の会社と取引を始める人から「渋谷の会社は若い会社ばかりですか」「住所が渋谷なら実在する会社と考えていいですか」という相談を受けます。人流データが見ているのは「その場所に人がいるか」で、うちが見ているのは「その場所に会社が登記されているか」です。同じ渋谷を登記の側から見ると、人流とも街並みとも違う「三つ目の渋谷」が出てきます。今日はそれを数字で書きます。
公表された事実 — 20代以下は平日40.7%、西側では休日過半数
帝国データバンクの分析は、株式会社ドコモ・インサイトマーケティングの「モバイル空間統計」を使い、2025年4月〜2026年3月の渋谷駅周辺750m四方(細分は250m四方)の人流を年代別に見たものです。数字は記事からの引用で、うちで作ったものはありません。
- 渋谷駅周辺全体:20代は平日33.3%・休日38.1%。「20代以下」は平日40.7%・休日47.8%
- 西側(若者渋谷):平日の20代以下比率は渋谷PARCO周辺47.6%、センター街47.3%、宮下公園42.8%、ハチ公前41.0%。休日はPARCO周辺54.3%・センター街53.5%で過半数
- 東側(オトナ渋谷):渋谷ストリーム・宮益坂・美竹通り周辺は、30〜50代が平日全体の5割。美竹通りなど一部は休日も半数
- 記事の結論:「若者離れ」ではなく、再開発で街が拡張するなかで若者は西側に、大人は東側に、それぞれ居場所を分けてきた。今後は西側へのオフィス機能の拡大(渋谷サクラステージなど)で、世代の境界は薄れる可能性がある
登記データで見る渋谷区 — 10万9,860法人は23区で2位、合同会社の比率は全国の1.5倍
うちのデータベースは国税庁の法人番号公表データ(579万1,529法人)を町名・番地まで持っています。このうち本店が東京都渋谷区の法人は10万9,860件。23区では港区(16万2,106件)に次ぐ2位で、中央区(10万6,381件)、千代田区(10万2,847件)、新宿区(9万5,381件)より多い数です。
| 範囲 | 法人数 | 閉鎖率 | 合同会社の比率 | |---|---|---|---| | 全国 | 5,791,529 | 13.2% | 7.8% | | 東京都 | 1,360,333 | 14.0% | 10.6% | | 渋谷区 | 109,860 | 12.2% | 11.5% | | 港区 | 162,106 | 15.4% | 13.9% | | 千代田区 | 102,847 | 17.3% | 12.1% |
閉鎖率は「法人番号に閉鎖日が付いている法人の割合」で、倒産だけでなく合併・解散・登記官の職権による閉鎖を全部含みます(倒産統計に映らない会社の終わり方)。渋谷区の12.2%は全国平均より1ポイント低く、千代田区の17.3%とは5ポイントの差があります。合同会社の比率が11.5%と高いのは、合同会社が2006年の会社法施行で生まれた新しい会社の形だからで、「渋谷区には設立が新しい会社が多い」と読めます。人流データの「若者渋谷」は、登記でもある程度は裏付けられます。
「若者渋谷」の道玄坂・神南・宇田川町には法人が多い — ただし59%は「100社以上が同じ住所」
人流データの西側(センター街・PARCO・宮下公園・ハチ公前)と東側(宮益坂・美竹通り・渋谷ストリーム)を、登記の町名で置き換えてみます。西側は道玄坂1・2丁目、宇田川町、神南1・2丁目、円山町、神山町。東側は渋谷1〜3丁目です。
| エリア | 法人数 | 閉鎖率 | 合同会社 | 100社以上が同居する住所 | そこにある法人 | |---|---|---|---|---|---| | 西側(道玄坂・宇田川町・神南ほか) | 18,460 | 9.2% | 17.0% | 18か所 | 10,856(59%) | | 東側(渋谷1〜3丁目) | 11,636 | 13.7% | 12.0% | 15か所 | 5,027(43%) |
法人の数は西側が東側の1.6倍。閉鎖率は西側のほうが低く、合同会社は西側のほうが多い。ここまでは「若い街には若い会社が多い」という素直な絵です。
ところが、同じ番地に100社以上が登記されている住所を除くと、絵が変わります。西側は7,604法人・閉鎖率14.1%・合同会社7.1%、東側は6,609法人・閉鎖率16.7%・合同会社6.5%。西側の「若さ」の大半は、18か所の住所に集まった1万856法人が作っていたことになります。除いた後の数字は、全国平均とほとんど変わりません。
道玄坂1丁目10番8号 — 1つの住所に5,083法人
渋谷区全体で、同じ番地に100社以上が登記されている住所は80か所、そこに3万714法人(区内の28.0%)が集まっています。500社以上の住所は13か所・1万8,720法人。上位3つの住所を並べます。
| 住所 | 法人数 | 閉鎖率 | 合同会社 | |---|---|---|---| | 道玄坂1丁目10番8号 | 5,083 | 2.7% | 31.0% | | 神宮前6丁目23番4号 | 3,399 | 5.6% | 30.3% | | 渋谷2丁目19番15号 | 2,186 | 4.9% | 29.0% |
道玄坂1丁目10番8号の5,083法人は、渋谷区の法人の4.6%がこの1つの番地に登記されている計算です。閉鎖率2.7%、合同会社31.0%という数字は、区の平均(12.2%・11.5%)と比べて極端で、「最近つくられた会社が次々に登記され、まだ閉鎖まで至っていない」住所の形をしています。この住所には月額数百円から住所を借りられるバーチャルオフィスの拠点が入っていることが、事業者の案内ページで公表されています(参考:バーチャルオフィス.netの紹介ページ)。
念のため書いておくと、バーチャルオフィスに登記すること自体は合法で、起業初期に固定費を抑えるためのごく普通の選択です。うちのデータでも、同じ住所の5,083法人の97%は現存しています。ここで言いたいのは良し悪しではなく、人流データが「若者の街」と示した道玄坂の法人数の6割は、街を歩いても看板が見えない「登記だけの渋谷」でできているという事実です。人流は人を数え、登記は法人を数える。どちらも正しく、どちらも渋谷の一部しか映していません。
同じ「住所の集中」は六本木でも起きていて、インフラトップの特別清算を書いた記事では、同じ住所の379法人の閉鎖理由の7割が「合併」でした。渋谷の場合は逆に閉鎖が極端に少なく、住所ごとに性格が違います。
応募者・取引先が渋谷の会社を見るときの3つの目印
1. 住所を番地まで検索して、同居している法人数を見る。うちのデータベースでは同じ番地の法人を一覧できます。数千社が同居する住所なら、そこは「会社の所在地」ではなく「登記上の住所」です。それ自体は問題ではありませんが、面接や打ち合わせが別の場所になるはずなので、求人票や名刺の「勤務地」「オフィス」と食い違わないかを確かめてください(会社の住所を調べる方法)。 2. 合同会社かどうかと、設立からの年数を合わせて見る。渋谷区の合同会社比率11.5%は全国の1.5倍。合同会社は2006年以降にしか存在しないので、設立が新しい会社が多いエリアです。新しいこと自体は悪くありませんが、設立したばかりの会社に応募するときの確認点は押さえておくと安心です。 3. 「渋谷の会社」という言葉だけで安心しない。渋谷区の閉鎖率12.2%は全国より低いものの、住所の集中を除いた西側の閉鎖率は14.1%、東側は16.7%で、全国平均13.2%と変わらないか少し高い程度です。実態のない会社の見分け方は「幽霊会社」を見分ける5つのサインにまとめています。
よくある質問
渋谷区の法人10万9,860件というのは「会社」の数ですか
法人番号が付いた全法人の数で、株式会社・有限会社・合同会社のほか、一般社団法人や宗教法人なども含みます。閉鎖済みの法人も含んだ数です。渋谷区の内訳は株式会社7万5,826件(69%)、有限会社1万5,362件(14%)、合同会社1万2,587件(11.5%)。「会社」の数え方で数字が変わる理由は日本に会社は何社あるかに書きました。
1つの住所に5,000社以上あるのは違法ではないのですか
違法ではありません。本店所在地は登記上の住所で、事務所の実態を求める法律はなく、バーチャルオフィスへの登記は一般的な選択です。ただし、金融機関の口座開設や許認可の審査では実態確認が行われることがあります。うちが伝えたいのは合法かどうかではなく、「人流データや街並みで見える渋谷」と「登記で見える渋谷」は別物だという点です。
閉鎖率2.7%の住所は、安全な会社が多い住所という意味ですか
そうとは言えません。閉鎖率が低いのは「設立が新しく、まだ閉鎖まで至っていない法人が多い」ことの表れで、この先どうなるかは分かりません。全法人の閉鎖率13.2%は数十年分の閉鎖を積み上げた数字なので、新しい住所と比べること自体に無理があります。閉鎖率の読み方の注意は閉鎖率の記事にまとめています。
人流データと登記データ、会社を調べるならどちらを見るべきですか
目的が違います。人流データは出店や広告の判断に使うもので、個別の会社の実在は分かりません。登記データは個別の会社の存在・種別・住所・閉鎖の有無が分かりますが、そこに人がいるかは分かりません。応募先や取引先を調べるなら登記データを起点に、求人票や公式サイトの住所と突き合わせるのが近道です。
まとめ
帝国データバンクの人流データは、「渋谷の若者離れ」は通説にすぎず、若者は西側(センター街・PARCO)に、大人は東側(宮益坂・渋谷ストリーム)に居場所を分けている「二つの渋谷」を示しました。同じ渋谷を登記で見ると、渋谷区の法人は10万9,860件で23区2位、合同会社の比率は全国の1.5倍と「若い街」の顔をしています。ただしその若さの大半は、区内80か所の「100社以上が同居する住所」に集まった28.0%の法人が作っていて、道玄坂1丁目10番8号には1つの番地に5,083法人が登記されています。人流が映す渋谷、街並みが映す渋谷、登記が映す渋谷。三つは重ならないので、会社を調べるときは「その住所に何社いるか」を一度確かめてから、次の判断に進んでください。