✍ 古家あきら | 2026-09-13 更新
はてなが資金流出で9.9億円の最終赤字 — 事件の金額・日付・原因まで外から読める会社は、579万法人のうち3,834社しかない
株式会社はてな(東京都港区・東証グロース上場)は2026年9月11日、2026年7月期(2025年8月〜2026年7月)の決算短信を公表し、売上高36億4,717万円(前期比3.9%減)、営業利益1億7,360万円(同48.9%減)に対して、当期純損失は9億9,562万円となりました。前期は2億3,088万円の純利益でした。赤字の理由は本業ではなく、「資金流出事案に伴う損失」12億2,113万円を特別損失に計上したことです。会社の4月24日の開示によると、4月20日と21日に従業員のアカウントから会社の銀行口座の資金が外部口座へ送金され、7月24日に公表された特別調査委員会の報告書では、その従業員が警察関係者を名乗る詐欺グループに「捜査協力の一環」と信じ込まされて送金したと認定されています。流出額の精査後の被害最大額は11億7,900万円(6月12日開示)で、会社は「回収額が確定次第、特別利益として計上する予定」としています。
出典:株式会社はてな「2026年7月期 決算短信〔日本基準〕(非連結)」(2026年9月11日)
出典:株式会社はてな「資金流出事案の発生に関するお知らせ」(2026年4月24日)/「特別調査委員会による調査報告書の公表及び役員報酬の一部自主返上に関するお知らせ」(2026年7月24日)/「特別損失及び繰延税金資産の計上、並びに通期業績予想の修正に関するお知らせ」(2026年6月12日)
先に結論を書きます。この事件が「いつ・いくら・なぜ」まで外から読めるのは、はてなが上場会社だからです。 しょくばログの元データである国税庁の法人番号公表情報579万1,529件のうち、金融庁EDINETの提出者リストで「上場」区分になっている法人は3,834件。稼働中(登記が閉鎖されていない)の法人502万8,697件で割ると、1,312社に1社です。残りの1,311社で同じことが起きても、決算短信も、調査報告書も、再発防止策の開示も、外には出てきません。
しょくばログという会社データベースを運営していると、「取引先の会社にお金の異変があったら、外から気づけるか」という相談が来ます。今回の会社は、上場会社の開示がどこまで細かいかと、その裏返しで非上場の会社がどれだけ見えないかを、同時に考えられる材料です。個別の会社や従業員の是非ではなく、「会社のお金の事件は、外からどう見えるのか」という一般的な話として書きます。
会社の開示に書かれていること(書かれていないこと)
会社が公表した文書の範囲で、経緯を並べます。
- 4月20日・21日:従業員のアカウントから、会社の銀行預金口座の資金が外部口座へ送金された。4月21日に取引先銀行から「不審な送金がある」と連絡があり発覚(4月24日開示)
- 被害対象額:4月24日時点で「最大約11億円」。6月12日に精査が完了し、被害の最大額11億7,900万円を特別損失として計上。調査費用等も約6,000万円を特別損失に計上する見込みと開示
- 5月7日:弁護士・公認会計士による特別調査委員会を設置。7月17日に報告書を受領し、7月24日にプライバシー等の部分を非開示にした開示版を公表
- 認定された経緯:従業員が「警察関係者を名乗る詐欺グループによって捜査協力の一環と信じ込まされ」、通常の業務フローや情報セキュリティのルールを守らずに送金した。背景として「オンラインバンキングの権限設定や経理体制の整備に問題があった」と指摘
- 個人情報・顧客情報:外部に持ち出された形跡は確認されていない
- 経営責任:代表取締役社長と取締役コーポレート本部長が月額報酬の20%を6か月自主返上。後者は次回株主総会で退任の意向
- 7月31日:再発防止策を取締役会で決議。振込の申請権限と承認権限を同一人物に付与しない、口座ごとの振込限度額を最小限に、入出金の自動通知、リモートデスクトップツールの制限、警察関係者へのなりすまし等の特殊詐欺手口の研修、など
一方で、開示版の報告書では従業員個人の処遇や特定につながる情報は非開示です。この記事でもそこには触れません。
決算の数字で見る「12億円が消える」とはどういうことか
決算短信の数字を、前期と並べます。
- 売上高:36億4,717万円(前期37億9,400万円、3.9%減)
- 営業利益:1億7,360万円(前期3億3,900万円、48.9%減)
- 経常利益:1億352万円(前期3億3,900万円、69.5%減)
- 当期純損益:△9億9,562万円(前期+2億3,088万円)
- 特別損失:12億2,310万円。うち「資金流出事案に伴う損失」が12億2,113万円
- 現金及び預金:前期末から9億1,525万円減少。現金及び現金同等物の期末残高は12億2,100万円(前期末21億2,100万円)
- 短期借入金:当座貸越契約の実行で2億5,000万円増加。未実行の枠は14億5,000万円
- 純資産:28億1,600万円 → 18億3,600万円。自己資本比率は81.6% → 71.6%
- 配当:2026年7月期は未定から無配へ
- 2027年7月期の会社予想:売上高39億6,800万円(8.8%増)、当期純利益1億1,700万円で黒字転換の見込み
本業の営業利益は前期の半分になっていますが、会社は6月の業績修正で、売上の減少理由を「広告・マーケティング予算の縮減」「生成AIの台頭でオウンドメディア編集受託の新規獲得が難航」と説明しています。資金流出は本業の不調とは別の出来事で、1年分の営業利益の7倍にあたる金額が、2日間で口座から出ていった、というのがこの決算の骨格です。手元の現金は前期末の21億円から12億円に減りましたが、会社は4月24日の時点で「運転資金の流動性は確保しており事業運営や資金繰りに支障はない」としています。
しょくばログのはてなのページには、何が映っているか
ここからがこの記事の本題です。しょくばログで株式会社はてな(法人番号 1013201014709)を引くと、載っているのはこういう情報です。
- 登記:東京都港区南青山6丁目5番55号、株式会社、登記は閉鎖されていない
- 設立:2001年7月19日(gBizINFO)
- 従業員数:208人(gBizINFO)
- 証券コード:3930、決算日7月31日、上場区分「上場」(EDINET提出者リスト)
- 職場情報:女性管理職の割合35.0%、育児休業の取得率は男性67%・女性100%(厚生労働省の職場情報総合サイト由来)
- 特許件数:46件(gBizINFO)
つまり、4月20日の前と後で、しょくばログのページは1文字も変わっていません。法人番号のデータは「その会社が登記上存在するか」「どこにあるか」「何という名前か」を映すもので、預金口座から12億円が出ていったことは、どこにも反映されません。従業員数208人も、女性管理職35%も、事件の前に国に提出された数字のままです。これは、はてなに限った話ではなく、しょくばログの579万件すべてに共通する性質です。登記データが「事件」を映さないという話は会社の登記簿は誰でも見られるで書いたとおりで、登記簿に載るのは商号・本店・役員・資本金であって、口座残高も損益も載りません。
「外から金額まで読める会社」は3,834件
では、はてなのように決算短信と調査報告書で「いつ・いくら・なぜ」まで読める会社は、全国にどれだけあるのか。5,791,529件の法人記録から数えました。
- EDINET提出者リストで「上場」区分の法人:3,834件。全法人の0.066%、稼働中の法人502万8,697件に対して1,312社に1社
- 稼働中の株式会社251万3,796件に対しては656社に1社。会社が上場しているか確認する方法で「約650社に1社」と書いた数字と同じです
- 上場3,834件のうち、東京都港区に登記があるのは493件(12.9%)。はてなの本店もここです
- 上場3,834件のうち、gBizINFOに従業員数が載っているのは3,794件(99.0%)。全法人では従業員数が載っているのは147,672件、2.5%しかありません
- 上場していないのに有価証券報告書を提出している内国法人が1,092件あり、これを足しても「損益が外から読める会社」は4,926件、1,000社に1社です
上場会社は、事件が起きれば翌日に適時開示を出し、四半期ごとに損益を公表し、第三者委員会の報告書まで公開します。残りの99.9%の会社では、その全部が「会社の中の話」で終わります。 従業員数ですら、40社に1社しか外から見えない世界です。
非上場の会社で同じことが起きたら、外からどう見えるか
答えを先に書くと、ほぼ見えません。それでも、外に漏れてくる可能性のある兆候はいくつかあります。
1. 支払いの遅れ。取引先として付き合っていれば、これがいちばん早い。口座から現金が消えれば、まず支払いサイトに出ます 2. 登記の変更。役員の交代、本店の移転、資本金の減少などは登記簿に載ります。ただし今回のように役員が報酬を返上しても、登記は動きません 3. 決算公告。株式会社には法律上の義務がありますが、出していない会社が大半です。この現実は決算公告を出していない会社は違法?に書きました 4. 求人の急な変化。採用を止める、あるいは急に増やす。ただし理由までは分かりません 5. 信用調査会社の評点の変化。有料ですが、非上場会社の異変を「数字」で追える数少ない手段です。無料でどこまで迫れるかは取引先の信用を調べる方法にまとめてあります
非上場会社の売上や損益を外から追う方法の限界は会社の売上高を無料で調べる方法で書きましたが、今回のような「1年分の営業利益の7倍が2日で消える」出来事は、非上場なら、取引が止まるか、倒産して信用調査会社が公表するまで、外からは分かりません。
会社の再発防止策から、中小企業が持ち帰れること
はてなの再発防止策(7月31日決議)は上場会社向けの体裁で書かれていますが、中身は従業員数十人の会社でもそのまま使える項目です。会社の開示から、一般化して並べます。
- 振込の「申請」と「承認」を同じ人にやらせない。オンラインバンキングの権限設定で、1人で作成から承認まで完結できる状態を作らない
- 口座ごとの振込限度額を、日常業務に必要な最小限に下げておく。初期設定のまま使わない
- 入出金の自動通知を、経理担当以外の人にも飛ばす。残高が急に減ったことを、送金した本人以外が知る仕組みを持つ
- 資金を扱う端末にリモートデスクトップツールを入れられないようにする
- 「警察」「金融庁」「取引先の社長」を名乗る電話やメッセージで送金や口外禁止を求められたら、その場で切って、自分で調べた代表番号にかけ直すルールを紙にして、経理担当が1人で判断しなくて済む逃げ道を作る
最後の項目がいちばん大事です。今回の報告書が指摘しているのは、システムの穴と同時に、「捜査協力」を優先して通常の業務フローを外れたという、人の側の話でした。「おかしいと思ったら誰に相談するか」が決まっていない会社では、担当者は1人で判断させられます。取引を始める前に相手の会社を確認する手順は新規取引先の確認事項に書きましたが、自社が狙われたときの手順も、同じくらい大事です。
この記事の数え方の限界
- 「上場」の件数は、金融庁EDINETの提出者リストの上場区分を法人番号で当てたものです。TOKYO PRO Market上場で有価証券報告書の提出が不要な会社は含まれていない可能性があります
- 従業員数・職場情報は、国のgBizINFOと職場情報総合サイトの取得時点の数字で、決算短信の数字とは時点も定義も違います
- 事件の経緯は、会社が公表した文書の範囲でしか書いていません。非開示部分については、この記事も触れていません
よくある質問
上場していない会社で資金の流出があったら、外から分かりますか?
原則として分かりません。適時開示の義務があるのは上場会社だけで、非上場の会社には四半期ごとの損益公表も、第三者委員会の報告書公開の慣行もありません。外に出てくる兆候は、支払いの遅れ、登記の変更、求人の急変、信用調査会社の評点の変化くらいで、いずれも「何が起きたか」までは分かりません。しょくばログで見られるのも、登記・所在地・従業員数など事件の前から変わらない情報だけです。
しょくばログに載っている従業員数や職場情報は、いつの数字ですか?
国のgBizINFOと厚生労働省の職場情報総合サイトに各社が提出した時点の数字で、リアルタイムではありません。はてなの「従業員208人」「女性管理職35.0%」も同様で、今回の事件の後に更新された数字ではありません。従業員数の取得元ごとの違いは会社の従業員数を無料で調べる4つの方法に書いてあります。
「特別損失」に計上したお金は、もう戻ってこないのですか?
会社は6月12日の開示で「関係金融機関等と連携し回収措置を講じている段階で、回収額が確定次第、特別利益として計上する予定」としています。つまり、会計上はいったん全額を損失として計上し、戻ってきた分があれば後で利益に計上する、という扱いです。戻る金額がいくらになるかは、この記事の時点では公表されていません。
警察や取引先を名乗る送金指示は、どう見分ければいいですか?
見分けようとしないのがいちばん確実です。「捜査協力」「家族にも言わないように」「今日中に」といった、急がせて孤立させる要素が入っていたら、内容の真偽にかかわらず、その場で電話を切り、自分で調べた警察署や取引先の代表番号にかけ直します。会社としては、担当者が1人で判断しなくて済むように、「送金前に必ず別の人が承認する」仕組みを先に作っておくことが、会社の再発防止策にも書かれている対策です。