✍ 古家あきら | 2026-09-01 更新

「円安」倒産は8月5件、でも1-8月は3割増 — 月の数字と累計が逆を向くときの読み方

本日(2026年9月1日)、東京商工リサーチが「2026年8月の『円安』倒産は5件」と公表しました。前年同月比16.6%減です。ところが同じ発表のなかで、1-8月の累計は56件、前年同期比30.2%増とされています。

先に結論を書きます。この2つは矛盾していません。月の数字は件数が小さすぎて上下に振れるだけで、傾向を読むには累計を見るほうが正しい。 8月の5件は、前年の6件に対して1件少なかったというだけの話です。1件の差が「16.6%減」という見出しになります。

もうひとつ、この記事でいちばん伝えたいことがあります。「円安倒産56件」は、円安で苦しんでいる会社の数ではありません。 円安が主因だと判定されて、かつ倒産まで至った会社の数です。しょくばログという会社データベースを運営していると、この2つを取り違えた読み方をよく見かけます。

公表された数字(出典つき)

政府などは2026年に総額27兆1,342億円の為替介入を実施しましたが、円安は続いています。記事は「『円安』倒産はしばらく増勢をたどる可能性が高い」と結んでいます。

出典:東京商工リサーチ「2026年8月の『円安』倒産 5件 50カ月連続発生、1-8月は合計56件」(2026年9月1日)

月次が減って累計が増えるのは、なぜか

月5件という規模では、1件増えるか減るかで前年同月比が20%前後動きます。分母が小さいときの前年同月比は、ほぼノイズです。

一方、1-8月の56件と前年同期の43件は13件の差です。こちらは月々のブレが均されるぶん、傾向として読めます。そして56件という8カ月の実績は、2024年通年の83件を上回るペースにあたります。

つまり「8月は落ち着いたが、年間で見れば増えている」が正確な読み方です。見出しの「5件・16.6%減」だけを持ち帰ると、逆の印象になります。

同じ倒産統計でも、調査機関が違えば同じ月の件数が2倍違うこともあります。その仕組みは人手不足倒産は63件?30件?に整理しました。倒産の数字は、必ず「誰が・どの定義で・どの期間を」まで見てから使うものです。

折れているのは「作る会社」ではなく「売る・運ぶ会社」

8月の内訳で目を引くのは、製造業がゼロだったことです。小売2件、卸売1件、運輸1件、サービス業他1件。輸入品を仕入れて売る側、運ぶ側に集中しています。

理由は構造で説明がつきます。円安は輸入コストを押し上げますが、それを売価に乗せられるかどうかは業種によって違う。最大の倒産事例となった輸入雑貨販売のように、海外から仕入れて国内の消費者に売る位置にいる会社は、コスト上昇を最も直接的に受け、かつ値上げの抵抗も最も強く受けます。

帝国データバンクの直近調査では、価格転嫁率は39.9%。コスト100円の上昇に対して約60円を会社が飲んでいる計算です。業種別の開きは価格転嫁率が再び4割割れの39.9%にまとめました。円安に強いか弱いかは、輸入しているかどうかより「誰に値段を提示するか」で決まります。

そして借入に頼っている会社ほど、円安とは別に金利上昇の圧力も同時に受けます(金利0.5%上昇で赤字企業率29.4%)。いま起きているのは、単一の逆風ではなく重ね掛けです。

しょくばログのデータで「母集団」を数えてみた

56件という数字の背後に、どれだけの会社がいるのか。うちのデータベース(国税庁の法人番号公表データにもとづく全国5,791,529件の法人記録、うち登記が閉鎖されていない現存法人4,988,967件)で数えてみました。

「貿易」を含む現存法人は東京都2,245件・大阪府1,181件で、この2都府だけで44.7%を占めます。輸入の商流が大都市圏に集中していることが、名称ベースでも見て取れます。

ここからが本題です。「貿易」を含む法人の登記閉鎖率は12.8%(8,947件中1,146件)で、全法人の閉鎖率13.2%(5,791,529件中762,832件)とほぼ同じでした。 輸入に関わりそうな名前の会社が、特別に多く消えているわけではないのです。

この結果は、円安倒産を業種や社名で予測することの限界を示しています。円安で折れるかどうかを分けているのは「輸入しているか」ではなく、「価格転嫁できる位置にいるか」「その間を持ちこたえる資金力があるか」です。 外から社名を見て判定できる性質のものではありません。

なお、この集計は法人の名称による抽出です。「貿易」と名乗らずに輸入している会社も、名前だけ残して実態が変わった会社も含まれます。また登記閉鎖には休眠会社の一斉整理が混ざるため、年ごとの推移には使えません。あくまで断面の参考値として読んでください。

「円安倒産」という分類が拾えないもの

TSRの全国企業倒産統計では、2026年上半期(1-6月)だけで5,346件(前年同期比7.1%増、負債1,000万円以上が対象)の倒産が起きています。5年連続の増加で、上半期に5,000件を超えたのは12年ぶりです。

出典:東京商工リサーチ「2026年上半期(1-6月)の全国企業倒産5,346件」(2026年7月8日)

期間が違うので単純な割り算はできませんが、桁が2つ違うことは分かります。円安倒産56件は、倒産の「原因分類のひとつ」であって、円安の影響範囲ではありません。

そして統計に入らない側のほうが、はるかに大きい。倒産に至らず、賃上げを見送った会社。採用を止めた会社。仕入先を切り替えて品質を落とした会社。静かに事業をたたんだ会社。 これらは倒産件数のどこにも現れません。倒産に映らない会社の終わり方は倒産統計に映らない会社の終わり方に書きました。

応募先や取引先を見るときに効いてくるのは、56件のほうではなく、この見えない側です。

応募前・取引前に無料で確かめられること

円安の影響を外から測ることはできません。為替の影響は決算書にも登記にも出ないからです。無料で確実に分かるのは、次の範囲までです。

1. 実在と登記が生きているか — 法人番号公表サイトで登記閉鎖の有無を確認する(会社の実在・倒産を確認する方法) 2. いつからあるか — 設立年。円安局面を何度くぐったかの目安になる 3. いま何を募集しているか — 職種と条件。輸入・仕入・貿易事務の募集が続いているか、逆に急に止まっていないか 4. 業種と所在地 — 商流のどの位置にいるか、当たりをつける材料 5. 取引先としての体力 — 与信の確認手順は取引先の信用を調べる方法に3層で整理しています

このうち3が実務では効きます。求人の内容は、その会社がいま何を増やそうとしているかの、いちばん新しい外部シグナルです。

よくある質問

「円安」倒産かどうかは、誰がどう判定しているのですか?

東京商工リサーチが倒産事案を取材したうえで、円安によるコスト上昇が主因と判断したものを集計しています。国が定めた分類ではなく、調査機関の判定です。複数の要因が重なった倒産をどこに分類するかで数字は動くため、他機関の集計と一致しない場合があります。

8月が前年より減ったのは、円安の影響が弱まったからですか?

そう読むには根拠が足りません。月5件という水準では1件の増減が比率を大きく動かします。同じ発表のなかで1-8月累計が前年同期比30.2%増、2024年通年の83件を上回るペースとされており、傾向としては増加方向です。

円安に強い業種、弱い業種はありますか?

一般論としては、輸入コストを売価に転嫁しやすい位置にいるほど強くなります。ただし8月の5件は小売・卸売・運輸・サービスに散っており、製造業はゼロでした。業種だけで安全・危険を仕分けることはできません。 同じ業種でも仕入構造と価格決定力で結果が変わります。

応募先が輸入に依存しているかどうか、外から分かりますか?

完全には分かりません。手がかりになるのは、事業内容の記載、求人の職種(貿易事務・通関・輸入バイヤーなどの募集があるか)、扱う商品の産地表記です。社名に「貿易」「インターナショナル」が付いているかどうかは判断材料になりません。うちのデータでも、その名称の法人の登記閉鎖率は全体平均とほぼ同じでした。

負債総額が85.2%減ったのは、良い兆候ですか?

規模の話であって、件数の話ではありません。8月は最大でも負債3億円で、大型倒産がなかったということです。円安倒産は小規模な会社に多く、負債総額は年によって大きく振れます。件数と負債総額は別々に見てください。

まとめ

2026年9月1日公表の東京商工リサーチのデータは、8月の「円安」倒産5件(前年同月比16.6%減)、1-8月累計56件(前年同期比30.2%増)、2022年7月から50カ月連続発生、という内容でした。月次は縮み、累計は伸びている。傾向として読むべきは累計のほうです。

8月の内訳は小売2・卸売1・運輸1・サービス他1で、製造業はゼロ。輸入品を仕入れて国内で売る位置にいる会社に集中していました。

そしてうちの法人データベースで確かめたところ、名称に「貿易」を含む法人の登記閉鎖率は12.8%、全法人平均は13.2%で、ほぼ差がありませんでした。円安で折れるかどうかは、輸入しているかどうかではなく、価格転嫁できる位置にいるかどうかで決まる——データはそう読めます。社名や業種から危険を予測しようとするのは、方向が違います。

なお、同じ倒産統計でも「率」の話になると、今度は分母で順位が入れ替わります。その検証はコロナ破たん累計1万4,567件、「250社に1社」は分母を変えると入れ替わるにまとめました。

しょくばログは、全国の会社を1社1ページにまとめ、登記情報・所在地・業種・求人などを無料で確認できます。気になる会社があるなら、統計を読む前に、まず会社名で検索してみてください。

※本記事は2026年9月1日時点で公表されている情報にもとづく整理です。倒産件数・負債総額に関する数値は東京商工リサーチの公表値、法人件数および登記閉鎖の集計は国税庁の法人番号公表データにもとづく当サイトの集計(公表されている法人記録に限った参考値)です。特定の企業や業種の経営状態を評価・断定するものではありません。

古家あきら
全国の会社データベース「しょくばログ」を運営しています。会社の登記・求人・クチコミのデータと毎日向き合う中で気づいた“会社の調べ方”を、現場の目線で書いています。

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