✍ 古家あきら | 2026-08-30 更新
最低賃金は10月から1,176円へ — 求人票の時給が「古い下限」のまま残る割合を実求人179件で数えた
10月になると、あなたが見ている求人票の時給は、法律上の下限を下回るかもしれません。会社が何かをしたからではなく、最低賃金のほうが上がるのに、求人票が書き換わらないからです。
先に結論から。求人票の時給を見たら、①勤務地の都道府県(会社の住所ではない)②その県の改定発効日 ③改定後の下限額 の3つを突き合わせてください。 発効日は全国一律ではなく、令和7年度は10月1日から翌3月31日まで約6か月の幅がありました。そして実際に、掲載されたまま古い水準に取り残されている求人が一定の割合で存在します。
しょくばログという会社データベースを運営していると、求人票の給与欄を大量に眺めることになります。今回は2026年7月28日に出た最低賃金の目安答申を起点に、うちが実際に収集した求人179件を厚生労働省の47都道府県別データに1件ずつ当てて、その「取り残され」がどのくらい起きているかを数えました。
何が決まったのか(2026年7月28日・目安答申)
中央最低賃金審議会は2026年7月28日、令和8年度の地域別最低賃金額改定の目安を厚生労働大臣に答申しました。
- Aランク(6都府県)=54円 / Bランク(28道府県)=56円 / Cランク(13県)=56円
- 目安どおりに改定された場合の全国加重平均は1,176円
- 上昇額は55円(前年度は66円)、引上げ率は4.9%(前年度は6.3%)
出典:厚生労働省「令和8年度地域別最低賃金額改定の目安について」(2026年7月28日)
今年の特徴は、都市部(Aランク)より地方(B・Cランク)の目安額が2円大きいことです。この後、各都道府県の地方最低賃金審議会が目安を参考に答申を行い、都道府県労働局長が実際の額を決定します。8月の時点で、その答申が各地から順次出ている段階です。
現行(令和7年度)の全国加重平均は1,121円。ここに55円が乗る計算になります。 出典:厚生労働省「令和7年度地域別最低賃金全国一覧」
前提①:最低賃金は「会社の住所」ではなく「働く場所」で決まる
ここが実務でいちばん間違えられるところです。地域別最低賃金は、その労働者が実際に働いている事業場の所在地の額が適用されます。本社の登記住所ではありません。
なぜこれが問題になるかというと、会社の登記住所と、募集している勤務地は、けっこうな頻度でずれるからです。うちのデータで実際に数えました。
しょくばログが各社の採用ページから収集した求人6,735件のうち、勤務地の表記から都道府県が読み取れたのは5,786件。そのうち、
- 登記上の本店と同じ県での募集 … 4,229件
- 登記上の本店と別の県での募集 … 1,557件(26.9%)
4件に1件以上が、会社の住所とは違う県で人を募集していました。 東京に本店がある会社が埼玉の現場で募集する、といったケースです。東京(現行1,226円)と埼玉(現行1,141円)では85円の差があります。「本社が東京だから1,226円が下限のはず」という読み方は、この4分の1で外れます。
会社の登記住所そのものの調べ方は会社の住所を調べる方法 — 本店・現住所・移転履歴の追い方にまとめています。
前提②:発効日は都道府県でバラバラ。令和7年度は約6か月の幅があった
「最低賃金は10月から上がる」と一括りにされがちですが、正確ではありません。発効日は都道府県ごとに決まります。令和7年度の実績を厚生労働省の全国一覧から数えると、こうなります。
- 令和7年10月に発効 … 20都道府県
- 令和7年11月に発効 … 13県
- 令和7年12月に発効 … 8県
- 令和8年1月に発効 … 4県
- 令和8年3月に発効 … 2県
いちばん早い栃木県が10月1日、いちばん遅い秋田県が令和8年3月31日。同じ改定なのに、適用が始まる時期に約6か月の開きがありました(群馬県は3月1日)。
つまり「10月から新しい最低賃金」という理解でいると、11月〜翌3月発効の27県では、10月時点ではまだ旧額が正しいことになります。逆に、年が明けても求人票が旧額のままなら、それはもう取り残されている可能性が高い。求人票の時給を評価するには、額と同時に「その県の発効日」を知る必要があるわけです。
しょくばログの実求人179件を、47都道府県の下限に当ててみた
ここからは、全国の法人データと求人データを両方持っている立場でしか書けない部分です。
うちが各社の採用ページから収集した求人のうち、給与欄に「時給」表記があり、金額を機械的に読み取れたのは179件(収集時期は2026年6月)。これを、その会社の本店所在地の令和7年度の最低賃金額と1件ずつ突き合わせました。
結果:
- 時給の中央値は 1,152円(最低750円/最高2,000円/平均1,204円)
- 本店県の現行下限との差の中央値は+30円
- 37件(20.7%)が、本店県の現行最低賃金を下回る表記のまま掲載されていた
- 下限ちょうど〜+9円が34件(19.0%)。下限割れと合わせると71件=39.7%が「下限+10円未満」の水準
差の分布はこうです。
- 下限を下回る … 37件(20.7%)
- 下限ちょうど〜+9円 … 34件(19.0%)
- +10〜49円 … 23件(12.8%)
- +50〜99円 … 26件(14.5%)
- +100〜199円 … 30件(16.8%)
- +200円以上 … 29件(16.2%)
そして今回の目安(Aランク+54円、B・Cランク+56円)どおりに改定されたと仮定して当て直すと、
- 97件(54.2%)が、改定後の下限を下回る表記になります
- 差の中央値は+30円から−26円へ反転します
掲載中の時給表記の半分以上が、改定後は下限割れの数字になる。 これは会社が賃下げをするからではなく、下限との差が中央値で30円しかないところに55円が乗るからです。数字上そうなる、という単純な話です。
「何年前の水準か」まで特定できたケース
もう一段掘りました。下限を割っていた37件の金額を、厚生労働省が公表している平成14年度以降の都道府県別・年度別の最低賃金額と照合したところ、4件はその県の過去の年度の額とぴったり一致しました。
- 北海道 861円 = その県の令和元年度・令和2年度の最低賃金額(現行1,075円)
- 埼玉 1,028円 = 令和5年度の額(現行1,141円)
- 兵庫 1,052円 = 令和6年度の額(現行1,116円)
- 三重 1,023円 = 令和6年度の額(現行1,087円)
北海道の861円は、5〜6年前の水準の求人票が、更新されないまま採用ページに残っていたことを強く示唆します。ぴったり一致していない残りの33件も、多くはその県の数年前の下限に近い額に固まっていました(兵庫750円は平成24年度749円、京都910円は令和元年度909円、栃木950円は令和5年度954円が最も近い額です)。
出典:厚生労働省「地域別最低賃金の全国一覧・改定状況(平成14年度〜令和7年度)」
数字については正直に断っておきます。 この179件は、うちが自社サイトの採用ページから収集できた範囲のサンプルであり、全国の求人全体を代表する数字ではありません。母数が小さく、業種にも偏りがあります。「日本の求人の2割が下限割れ」ではなく、「自社サイトに載ったままの求人票には、改定に追いついていないものが確かに混ざっている」という読み方をしてください。大手求人媒体は改定時に一括で注意喚起や修正を促すため、媒体経由の求人ではもっと少ないはずです。逆に言えば、会社の自社採用ページこそ取り残されやすい、というのが今回の実感です。
それでも「下限割れ表記=違法」と決めつけてはいけない
ここは慎重に書きます。時給表記が地域別最低賃金を下回っていても、それだけで法令違反とは言えません。少なくとも次の可能性があります。
1. 単に掲載が古い(最も多い) 採用ページを作ったきり更新していないパターン。実際に応募すれば現行額以上を提示される場合がほとんどです。今回ぴったり過去額と一致した4件は、これに該当する可能性が高いと考えられます。
2. 減額の特例許可を受けている 試用期間中の者、基礎的な技能を習得中で認定職業訓練を受ける者、軽易な業務に従事する者などについては、都道府県労働局長の許可を条件に最低賃金の減額特例が認められています(最低賃金法第7条)。求人票にその旨が書かれていないだけ、ということはあり得ます。
3. 発効日をまたいでいない 前述のとおり県によって発効日が違います。改定前に掲載された求人であれば、その時点では正しい表記です。
4. 勤務地が別の県 本店県の下限で見ているだけで、実際の勤務地の下限はもっと低かった、というケース。今回の分析も本店県ベースで突き合わせているため、この誤差を含みます。
いずれにせよ、外から見て確定できるのは「表記が現在の下限を下回っている」という事実までで、その理由までは分かりません。 断定せずに、次の手順で確かめるのが実務的です。
求人票の時給を確認する4ステップ
ステップ1|勤務地の県を特定する 求人票の「勤務地」欄を見ます。会社の住所ではありません。複数拠点が書かれている場合は、自分が配属される可能性のある拠点すべての県を控えます。
ステップ2|その県の現行額と発効日を厚生労働省で確認する 厚生労働省の地域別最低賃金の全国一覧に47都道府県の額と発効年月日が載っています。令和8年度分は各県の答申・決定を経て順次更新されます。額と発効日はセットで控えてください。
ステップ3|差額を計算する 求人票の時給から、その県の下限を引きます。差が50円を切っているなら、次の改定でその額は下限を割ります。 今年の目安は54〜56円なので、+55円が一つの分かれ目になります。今回のサンプルでは、差の中央値が+30円でした。
ステップ4|差が小さい/マイナスなら、応募前に確認する 「募集要項の時給は最新の最低賃金を反映していますか」と一言聞くだけです。まっとうな会社であれば即答できますし、答えが濁るようなら、それ自体が情報になります。給与欄の他の読み方は求人票の給与の見方 — 固定残業代・賞与・昇給のカラクリで損しないを参照してください。
なお、時給表記が古いまま長期間放置されている求人は、それ自体が「その求人がいま本当に生きているのか」を疑う材料でもあります。掲載しっぱなしの求人の見方は応募したい会社の求人が突然消える5つの理由 — 消えた求人の追い方と架空求人を見分ける6つのサイン — 応募前に会社の実在を確認するにまとめています。
会社側から見ると、これは「人件費が55円上がる」話ではない
視点を変えます。今回の改定で影響が大きいのは、下限に近い時給で人を雇っている会社です。うちのデータで、本店所在地ベースの法人分布を見るとこうなります。
しょくばログは国税庁の法人番号公表データをもとに全国5,791,529件の法人を収録しており、現存扱いは4,988,967社。このうち47都道府県に本店を持つ4,979,552社を今回のランク区分で分けると、
- Aランク6都府県(+54円)に本店 … 2,572,255社(51.7%)
- B・Cランク41道県(+56円)に本店 … 2,407,297社(48.3%)
法人の数でみると、ほぼ半々です。そして現行の最低賃金が1,100円を下回る県に本店を置く法人は2,128,330社(42.7%)、1,050円を下回る県では860,552社(17.3%)あります。
引上げ額が大きいのはB・Cランク側であり、そこに全国の法人のおよそ半数が本店を置いています。「都市部の話」ではありません。 そして値上げでコスト増を吸収できるかどうかは業種によって大きく違います。この点は価格転嫁率が再び4割割れの39.9% — 「値上げできない会社」は外からどこまで見えるかで、人件費の転嫁率が32.0%にとどまるという公表データとあわせて整理しました。賃上げ負担が倒産の引き金になる例も実際に増えています(人手不足倒産が過去最多ペース — 「人が辞めて潰れる会社」の見分け方)。
よくある質問
Q. 求人票の時給が最低賃金を下回っていたら、違法ですか? 求人票の表記だけでは判断できません。掲載が古い、減額特例の許可を受けている、まだ発効日を迎えていない、勤務地が別の県、といった可能性があります。ただし実際に支払われる賃金が勤務地の地域別最低賃金を下回っていれば、その定めは無効となり、最低賃金額と同額の定めをしたものとみなされます(最低賃金法第4条)。気になる場合は、勤務地を管轄する労働基準監督署に相談するのが確実です。
Q. 本社が東京にある会社の求人なら、東京の最低賃金が適用されますか? いいえ。適用されるのは実際に働く事業場がある都道府県の額です。うちのデータでは、勤務地の県が読み取れた求人5,786件のうち1,557件(26.9%)が本店とは別の県での募集でした。求人票の「勤務地」欄を必ず確認してください。
Q. 2026年10月1日から全国いっせいに新しい最低賃金になりますか? なりません。発効日は都道府県ごとに決まります。令和7年度の実績では、10月中に発効したのは20都道府県で、残り27県は11月以降、うち6県は年明け(最も遅い秋田県は令和8年3月31日)でした。令和8年度も同様に分かれる見込みです。
Q. 月給制の求人でも最低賃金は関係ありますか? 関係します。月給を1か月平均の所定労働時間で割った時間額が、地域別最低賃金以上である必要があります。ここで注意すべきは、精皆勤手当・通勤手当・家族手当・時間外割増賃金・賞与などは、最低賃金の比較対象となる賃金からは除外されるという点です。固定残業代を含んだ額面で計算すると、実態より高く見えてしまいます。この落とし穴は求人票の給与の見方で詳しく扱っています。
Q. 業種によって別の最低賃金があると聞きましたが? あります。地域別最低賃金とは別に、特定の産業を対象とした特定最低賃金が設定されている場合があり、地域別と特定の両方が適用される労働者には高いほうの額が適用されます。自分の職種に特定最低賃金があるかは、勤務地を管轄する都道府県労働局のサイトで確認できます。
Q. しょくばログで、応募先の時給が適正かどうか分かりますか? 時給の適正さそのものを判定する機能はありません。ただし、会社名で検索すれば登記情報(所在地・法人番号・設立時期)と、うちが収集した求人をまとめて確認できます。「登記の県」と「募集の勤務地」がずれていないかを見るには使えます。 社会保険の加入状況をあわせて確認する方法は応募先が社会保険に入っているか確認する方法にまとめています。
まとめ
- 2026年7月28日、令和8年度の最低賃金の目安が答申された。Aランク54円・B/Cランク56円、目安どおりなら全国加重平均1,176円(+55円・4.9%)
- 最低賃金が適用されるのは勤務地の県。うちのデータでは求人5,786件のうち26.9%が本店と別の県での募集だった
- 発効日は全国一律ではない。令和7年度は10月発効が20都道府県、最も遅い秋田県は翌3月31日で約6か月の幅があった
- 収集した実求人179件では、本店県の下限との差の中央値が+30円。20.7%がすでに下限割れ表記で、うち4件は過去の年度の額とぴったり一致した
- 目安どおり改定されると、同じ179件のうち54.2%が改定後の下限を下回る表記になる
- ただし下限割れ表記=違法とは限らない。掲載が古い/減額特例/発効日前/勤務地違いの可能性がある。確認は「額」「勤務地の県」「発効日」の3点セットで
求人票の時給と、その会社の登記情報をまとめて確認したいときは、しょくばログのトップページから会社名で検索してみてください。