✍ 古家あきら | 2026-09-17 更新
議決権40%なのに「連結子会社」— ミスド・モスを運営するフジタコーポレーションが美深町の市川牧場を1億3,900万円で買収、農地法が上場企業に強いる「株の分け方」と、社名に「牧場」を持つ法人3,220社のデータ
先に結論です。株式会社フジタコーポレーション(北海道苫小牧市・東証スタンダード・証券コード3370)は、2026年9月16日の取締役会で、株式会社市川牧場(北海道中川郡美深町)の株式取得を決議しました。取得価額は株式1億1,300万円+アドバイザリー費用等の概算2,600万円=合計約1億3,900万円。実行日は2026年9月30日の予定です。ここまでは普通の子会社化ですが、取得後のフジタの持ち分は「議決権40.0%・経済的持分99.4%」という数字になっています。会社の利益のほぼ全部を受け取る権利を持ちながら、株主総会での票は半分に届かない。この形は、農地法第2条第3項の「農地所有適格法人」の要件を守るために組んだものだと、開示文に明記されています。
出典:農地所有適格法人である株式会社市川牧場の株式取得(連結子会社化)に関するお知らせ(株式会社フジタコーポレーション・2026年9月16日・TDnet) 出典:フジタコーポレーション〈3370〉、酪農業の市川牧場を子会社化(M&A Online・2026年9月16日)
しょくばログという会社データベースを運営していると、「子会社なのに親会社の議決権が過半数じゃない」という登記や開示にときどき出会います。多くは会計上の実質支配力基準の話で、読み飛ばしてよいものです。ただ今回の案件は、農地を持つ会社を買うときだけに起きる、法律で決まった型です。先週は農業法人の破産(コトドとトマト須藤物産)を書いたので、今日は反対側、農業法人が「買われる」ときに何が起きるかを、公式開示とうちの登記データで書きます。
公表された事実 — 1,000株を「10株+990株」に組み替えてから、6株を現場の役員に渡す
開示文にあるスキームを、順番どおりに並べます。
- ①全株式の一旦取得:フジタが、市川牧場の既存の個人株主6名から、発行済普通株式1,000株(100%)を全部取得する
- ②種類株式への転換:フジタが100%株主になった直後に、市川牧場の臨時株主総会を開き、定款を変更して、普通株式1,000株を「普通株式10株」と「A種優先株式(無議決権)990株」に組み替える
- ③役員への議決権株式譲渡:フジタが持つ普通株式10株のうち6株(議決権60.0%)を、市川牧場の「常時従事役員予定者」に譲渡する
- 最終形:フジタ=普通株式4株(議決権40.0%)+A種優先株式990株(経済的持分99.4%)。現場の役員=普通株式6株(議決権60.0%)
- 日程:取締役会決議2026年9月16日、契約締結・株式譲渡・臨時株主総会・役員への譲渡はすべて2026年9月30日(予定)
- 連結子会社にする根拠:議決権は40.0%でも、取締役会の過半数をフジタからの派遣役員が占める予定であること、株主間契約で事業計画・予算・多額の借入・代表取締役の選任などにフジタの事前承諾を義務付けること、経済的持分99.4%を持つこと、の3点で「実質支配力基準」により子会社と判定する
- 人:現代表取締役の市川博氏は、取引後も取締役として経営に関わる予定
- 業績への影響:2027年3月期の連結業績への影響は「軽微」と見込む
買う側のフジタコーポレーションは、北海道でミスタードーナツ、モスバーガー、牛角、はなまるうどんなどのフランチャイズ店を運営する外食企業で、道産食材を使ったアグリビジネスも進めています。寿都郡黒松内町では「TOMONI夢牧場」を運営し、同町でカシス農園と食品加工センターも手がけています。
出典:フジタコーポレーション、美深町の市川牧場を子会社化(リアルエコノミー・2026年9月16日)
なぜ40%なのか — 農地所有適格法人の4つの要件
農地を「所有」できる法人は、農地法第2条第3項が定める農地所有適格法人に限られます。要件は4つです。
- 法人形態要件:株式会社(株式の譲渡制限があるもの)、農事組合法人、合名会社、合資会社、合同会社のいずれか
- 事業要件:売上高の過半が農業(農産物の加工・販売などの関連事業を含む)であること
- 議決権要件:農業関係者が総議決権の過半を占めること。裏返すと、農業関係者以外の議決権は2分の1未満
- 役員要件:役員の過半が、その法人の農業に常時従事する構成員(原則年間150日以上)であること。さらに役員または重要な使用人の1人以上が、農作業に原則年間60日以上従事すること
フジタの開示文にある「非農業者の議決権比率を2分の1未満に抑える要件」「常時従事役員が過半数の議決権(60.0%)を所有し、かつ年間150日以上現場作業に従事する」は、この議決権要件と役員要件をそのまま満たすための設計です。外食企業が牧場の株を100%持ち続けると、その瞬間に牧場は農地所有適格法人でなくなり、農地を持てなくなる。だから一旦100%買ってから、わざわざ60%の票を現場に戻す。買収の「相手」に議決権の過半を渡すM&Aは、農地が絡まなければまず組みません。
営業赤字3期連続、でも当期純利益は黒字 — 開示の3期分の数字
開示された市川牧場の直近3期(単位:千円)は次のとおりです。
- 2024年3月期:売上高239,351/営業利益▲10,465/経常利益19,254/当期純利益16,720/純資産135,669
- 2025年3月期:売上高254,156/営業利益▲4,821/経常利益19,774/当期純利益17,818/純資産153,487
- 2026年3月期:売上高263,090/営業利益▲11,671/経常利益17,129/当期純利益16,379/純資産169,866
売上は3期で約2億3,900万円から約2億6,300万円へ伸びていて、営業段階では3期とも赤字、経常段階では3期とも約1,700万〜1,980万円の黒字です。2026年3月期でいえば、営業利益と経常利益の差は約2,880万円。この差は営業外収益で埋まっていることになりますが、開示文にその内訳は書かれていません。純資産は3期で約3,400万円積み上がっていて、株式の取得価額1億1,300万円は、直近の純資産1億6,987万円を下回る水準です(第三者評価機関の株式価値算定書を取得したうえで合意した、と開示にあります)。
ここで言えるのは「本業の売上だけでは利益が出ていない期が続いている」という事実と、「それでも毎期の最終利益は黒字で、純資産は増えている」という事実の両方です。どちらか片方だけを見ると、会社の姿を取り違えます。
登記データで見る市川牧場 — 美深町の165法人のうちの1社、同じ名前の別会社が道内にもう1社
うちのデータベースで確認できる、株式会社市川牧場の登記情報です。
- 法人番号:1450001007972(会社ページ)
- 本店:北海道中川郡美深町字川西130番地(開示の所在地と一致)
- 法人種別:株式会社。設立は開示によると2010年4月1日、資本金100万円
- 状態:現存(閉鎖登記なし)
買収されても、この法人番号は変わりません。株主が個人6名からフジタと役員に替わり、定款が変わり、種類株式が加わっても、登記上は同じ会社が続きます。オリバーのMBOと再上場の記事で書いたのと同じで、資本の動きは法人番号には映りません。
もう1つ、調べる側が気をつけたいことがあります。北海道には「市川牧場」という名前の法人がもう1社あります。勇払郡むかわ町の有限会社市川牧場(法人番号5430002058039・会社ページ)です。美深町は道北、むかわ町は道央の太平洋側で、法人種別も違う(株式会社と有限会社)別の会社ですが、社名だけで検索すると両方が出ます。今回買収されるのは美深町の株式会社のほうです。同名法人の見分け方は会社の旧商号の調べ方の記事にも書きましたが、社名+所在地+法人番号の3点で確かめるのが確実です。
美深町全体では、登記された法人は165件、うち現存146件、閉鎖19件(閉鎖率11.5%)。社名に「牧場」を持つ現存法人は5社で、株式会社市川牧場のほか、合同会社鈴木牧場、有限会社羽田野第二牧場、株式会社敬和牧場、有限会社小倉牧場です。
社名に「牧場」を持つ法人は全国3,625件、現存3,220件 — 北海道が34.8%、有限会社が半分
国税庁の法人番号公表データをもとにしたうちのデータベースで、社名に「牧場」を含む法人を数えました。
- 全国:3,625件。現存3,220件、閉鎖405件(閉鎖率11.2%)。全法人の閉鎖率13.2%より低い
- 都道府県(現存):北海道1,121件(34.8%)が突出。次いで熊本県133件、大分県116件、鹿児島県107件、宮崎県101件、群馬県100件、千葉県100件。上位に九州4県が入る
- 北海道の「牧場」法人:1,213件のうち閉鎖は92件(閉鎖率7.6%)。北海道の全法人の閉鎖率12.1%より4.5ポイント低い
- 法人種別(現存):有限会社1,616件(50.2%)、株式会社1,119件(34.8%)、農事組合法人などその他の設立登記法人314件(9.8%)、合同会社105件、合資会社48件、合名会社19件
- 社名が「農事組合法人」で始まる法人:全国14,160件、現存12,129件(閉鎖率14.3%)。北海道は現存488件
有限会社が半分を占めるのは、2006年の会社法施行で有限会社が新設できなくなる前に法人化した牧場が多い、ということです。法人種別の一覧記事で書いたとおり、有限会社は今も存続できるので、社名の「有限会社」は「少なくとも20年前には法人だった」という手がかりになります。
もう1点。農地所有適格法人の法人形態要件には「農事組合法人」が入っていますが、社名に「牧場」を持つ農事組合法人は、その他の設立登記法人314件の一部にとどまります。酪農の法人化は、株式会社か有限会社の形で進んできた、というのがこの数字から読める実態です。
応募者・取引先は何を見ればいいか — 「誰が議決権を持っているか」と「誰が事業を支配しているか」を分けて読む
農業法人が外部の企業に買収された、というニュースを見たときに確かめたい点を4つにまとめます。
- 議決権と経済的持分は別物:今回のように、議決権は現場の役員が60%、利益の取り分は親会社が99.4%、という組み合わせがある。「誰が最終的に決めるか」は株主間契約と取締役会の構成で決まる。開示があれば「連結子会社判定の根拠」の項を読む
- 農地を持つ会社は、買い手が100%持てない:農地所有適格法人の要件で、農業関係者以外の議決権は2分の1未満。買収後も現場の役員が議決権の過半を持つのは、法律上そうなるのであって、買い手が信頼していないわけではない
- 法人番号と本店は変わらない:株主が替わっても登記上は同じ会社。求人票や契約書の相手方は、買収前後で同じ法人番号のはず。変わっていたら別会社の可能性がある
- 同名法人を混同しない:「市川牧場」のように、道内に同名の別法人がある例は珍しくない。社名だけで判断せず、所在地と法人番号で特定する
よくある質問
議決権が40%しかないのに、なぜ「子会社」と言えるのですか
会計上の子会社は、議決権の過半数を持つ場合だけでなく、「実質的に財務と事業の方針を支配している」場合も含みます(実質支配力基準)。フジタの開示では、取締役会の過半数を派遣役員が占める予定であること、重要事項にフジタの事前承諾を義務付ける株主間契約を結ぶこと、経済的持分99.4%を持つことの3点を根拠に、連結子会社として扱うと説明しています。
農地所有適格法人でなくなると、どうなるのですか
農地を所有できる法人ではなくなります。要件を満たさなくなった場合の扱いは農業委員会の判断によりますが、農地を持ち続けるための前提が崩れるので、酪農のように土地に事業が乗っている会社では致命的です。だから買い手が上場企業でも、議決権は2分の1未満に抑える設計になります。
営業赤字なのに買収されるのは変ではないですか
開示された3期は営業段階では赤字ですが、経常段階と最終段階では毎期黒字で、純資産も増えています。営業外収益の内訳は開示されていないため、ここでは「本業単独では利益が出ていない期が続いている」「それでも最終利益は黒字が続いている」という2つの事実を並べるにとどめます。買い手の開示では、取得の理由を「後継者不足問題への対応」と「持続可能な酪農モデルの構築」としています。
しょくばログで農業法人の株主や議決権は分かりますか
分かりません。国税庁の法人番号公表データには株主・議決権・種類株式の情報は含まれず、うちのデータベースにあるのは社名・本店・法人種別・閉鎖の有無などの登記情報と、公開されている企業情報・求人情報です。株主構成を知るには、今回のような上場企業の適時開示か、登記事項証明書、会社自身の公表資料にあたる必要があります。
まとめ
- フジタコーポレーションは2026年9月16日、美深町の株式会社市川牧場の株式取得を決議。取得価額は合計約1億3,900万円、実行は9月30日予定
- 取得後の持ち分は議決権40.0%・経済的持分99.4%。農地所有適格法人の議決権要件(農業関係者以外は2分の1未満)を守るため、1,000株を普通株式10株+無議決権のA種優先株式990株に組み替え、普通株式6株を現場の役員に渡す
- 市川牧場の直近3期は営業赤字・経常黒字・最終黒字が続き、純資産は増加。営業外収益の内訳は非開示
- 登記上、法人番号1450001007972・本店美深町字川西130番地は変わらない。道内むかわ町に同名の有限会社市川牧場があるので、社名だけで特定しない
- 社名に「牧場」を持つ法人は全国3,625件・現存3,220件。北海道が34.8%、有限会社が50.2%。閉鎖率11.2%は全法人の13.2%より低い
個社を評価する記事ではありません。買収の型と、それを読むときに手元のデータで確かめられる範囲を書きました。数字はすべて上記の出典と、国税庁の法人番号公表データに基づくうちのデータベース(2026年9月17日時点)によります。